ささやかな神前式。それを終えた二人は談笑もそこそこに、そろそろ朱華の家に向かわねばならない時間となることに気が付いた。
神社でやりたいことは終わったので、いよいよ自宅訪問……
ふふ 自宅訪問
じゃ、そろそろ行こっか
そうですね
と答え、立ち上がり手を差し出す。
!
その手を見て一瞬怯む。
そっと手を伸ばし、一瞬ためらい、しかし、ええいままよと言わんばかりにその手を取った。
ぎゅっと握る手は、甘酒に温められたからか随分熱かった。
その様子に、思わず笑みがこぼれる。
掴んだ手の平をそのまま勢いで引き寄せ、抱き支えるように。
こうすれば酔う心配もないでしょう
そう呟いた一瞬で、周囲の景色は緋奈子の良く知っている実家の玄関先へと変わった。
ぅぇ!?
引き寄せられるとは思っていなかったのか、そんな間抜けな声を上げて祈雨丸の腕の中に収まる。
そしてその状況に、果たして何度目になるかすら知れぬが、またもや緋奈子は顔に紅葉を散らせることとなった。
そ、う、ま、まぁそう、だ、けどぉ……!!
祈雨丸の服をつかみ、俯いて顔を隠してはいるものの、耳まで赤いことがよくわかるだろう。
……ふふ、早く慣れてほしいと思う反面、そうして戸惑うあなたも可愛らしいと思ってしまう。祈雨は我が儘ですかね
とゆっくり自分の身体から彼女を引き離した。
当然、それは赤くなるその顔を見たかったという理由からだ。
今まで青い和装で居た祈雨丸だったが、今の一瞬で黒の訪問着へと姿を変えていた。
儀式に参列する者として礼を欠かない、かといって格式高くもなり過ぎない出で立ちだった。
私の好きな『キャラクター最終回お色直し』宣言。
ふふwww
緋奈子は離されるがままに少し距離を置く。
顔を見られるのは何とも恥ずかしかったが、その言葉に赤面が止むはずもなかった。
ま、た、そーいう……!!
照れで呻きながらも、その服装の変化に気が付いた。
!すご!いまの一瞬で着替えたの!?やばー
赤面は止まないものの、またもや目にしたその魔法に目を輝かせる。
それからじっと見て、
……やっぱ、きーやん和服は何着ても似合うー
と何か一人納得した様子。
現し身の変化など、造作なき事。……そのうち、洋装も似合うと言って頂けるようになりたいものですね
と冗談めかした。
魔法って便利だねー
と感心しながら、その言葉に
んじゃ、今度洋服買いにいこっか。うちがコーデしたげる
とにやっと笑う。
是非、宜しくお願い致します。装いの幅が増えれば、それだけ様々な場所に旅ができるというものです
嬉しそうに答えた。
そんな和やかな会話をしていた二人に声がかけられる。
姉さま! と……
二人に声をかけたのは綾緋だった。
緋奈子に明るく声をかけ、そして一瞬でその声色を地に落とす。
……庭から入るとは、随分と躾のなっていない蛇だ
ぐぬぬ、と言った様子。
これは失礼を、ヤモリには次から玄関先で待機するように言いつけておきます
一転、苦笑していう。
こんにちは、綾緋さん。本日は日も良く、この儀に天地も言祝ぎましょう
その様子にはフンと鼻を鳴らし
……貴殿の祝い、ありがたく頂戴する
と、まったくありがたがっていない声色ながらそう答えた。
あ、綾緋……、まぁまぁ。別に誰も見てないし……
と苦笑しつつも、緋奈子がたしなめる。
んじゃ、うちが中を案内するね。儀までちょっとあるし、うちも準備しなきゃだし
そう言って、緋奈子は祈雨丸を家の中へと招き入れた。
朱華の屋敷は、いつか来た時よりも随分と人の気配があった。
聞けば、この度の儀において再び縁者が集まったらしい。
とはいえ、日が改まったために当初よりも人数は減ったとのことだが。
すれ違う人々に、緋奈子は軽く挨拶をして通り過ぎる。
彼らもまた緋奈子に軽い挨拶を返すが、そのたびに隣にいる祈雨丸に目をやった。
あるものは好奇の視線、またある者は、畏怖を込めて、またある者は、さっと顔色を悪くして視線を逸らしたりもしていた。
親類の中には蛇苦手な人もいそうだなーという
親類に爬虫類が増えてごめんね
その一人一人に、祈雨丸は同様に会釈を返していった。
何かを察する者もいただろう。
が、それはいつものことだと顔には出さなかった。
緋奈子はというと、祈雨丸に家の中を案内するのが楽しいのか、嬉しいのか、あまりそれを気にした風ではない。
あっちがお手洗いで、喉乾いたらあの人に頼んで――
などと、祈雨丸の手を引いて案内していると
あら、もしかして、蔵満祈雨さんね?
と声を掛けられた。
まm、お母さん!
話しかけてきた女性に、緋奈子が声を上げる。
女性は目元が緋奈子によく似ていた。
ようこそお越しくださいました。緋奈子の母です。いつも娘がお世話になっています
物腰柔らかに、女性はそう微笑んだ。
母君で御座いましたか
と、その声にだけ少しの驚きを滲ませ、しかし穏やかな笑顔でそっと頭を下げた。
ご招待に預かり、光栄の極み。……私の方こそ、緋奈子さんのお世話になっております
緋奈子さんの料理の数々は、母君直伝の味だと……
と思い出して微笑む。
あらまぁ。ふふ。緋奈子、そんなことを言っていたの?
と緋奈子に聞くと、緋奈子は少し恥ずかしそうにしてもごもごと肯定した。
それから、緋奈子の母は祈雨丸に顔を戻し、改めて一つ丁寧にお辞儀をした。
……此度のこと、綾緋よりすべて伺っております。ご温情を賜り、私からも御礼を申し上げます。朱華家、前当主として。そして、……この子たちの、母親として
……いえ、どうかその尊き面を上げられよ
祈雨丸もまた静かに姿勢を正す。
貴殿の子ら、そして朱華が紡いできた歴史……それらなくして、私は此度の決断することはなかった
龍たる我が身ではあるが、私はこの通り……朱華と、緋奈子さんと、良い関係でありたいと願います。私の方こそ、緋奈子さんの母君たる貴殿に、感謝しなければならぬでしょう
その言葉を受けて、緋奈子の母は顔を上げた。
暖かいお言葉、ありがたく頂戴いたします
先ほどの綾緋と似ているが、ずっと心のこもった声だった。
そして、少しおかしそうにくすくすと笑う。
龍神、だなんて聞いていたからどのような方かと思っておりましたら……ふふ、あなたの言っていた通り良い人ね、緋奈子
と、後半は緋奈子に向けて。
緋奈子はさっと顔を赤くする。
この子ったら、家にいるといっつも『きーやんがね、きーやんがね』って。楽しそうに話すものですから
ま、お、おかーさん!!
慌てて抗議の声をあげるものの、時すでに遅し。
PLがリアル『へへっ』と言うこの
へへっ!!
おや、そこまで……
と緋奈子のほうに視線を落とし、そして目尻を下げるように笑う。
私のいないところでもそうして意識して頂けていたというのは……なかなかに、嬉しいものですね
う、ぇ、そ、そのぅ……
と狼狽えている。
ふふふ、この子ったら、最近はずっと貴方の話ばかりなんですから。昨日なんて……
ああああ~~~~! そ、そろそろ支度しないと間に合わなくない!?ほら!行こ!!
と、大慌てで母の言葉を遮る。
そして母の背中を押して、屋敷の奥へとズンズンと進んでいった。
そしてふいと振り返り、
じゃ、きーやん、また後でね!
と、屈託なく笑う。
はい、この儀に滞りがなきよう、末席より祈っております
と、頷いた。
それからしばらくの後、儀の始まる時刻となった。
時は夕暮れ。
茜色の空の下、紅葉の舞う中で、朱華の庭には舞台の設えが整えられていた。
その舞台は、あの禁書の、断章の呪圏にあったそれとよく似ている。
初めは、前当主、緋奈子の母親が現れ、厳かに祝詞を奏上する。
そしてゆったりとした楽が鳴り響き始めた。
誰もがみな静かに見守る前で、楽に導かれて綾緋と緋奈子が舞台に上がった。
綾緋は華麗な装束を身にまとい、扇を手に舞う。
その様は堂々としていて、当主としての自負と誇りを感じさせるものだった。
緋奈子は、いつか彼女本人が言っていたように、綾緋の御伴としての役割だというのは明らかだった。
綾緋に比べればおとなしい、しかし美しい装束を纏い、被衣を手に舞を舞う。
緋色の髪の毛は結い上げ、紅をさしているのが遠目でもわかった。
主役はあくまで綾緋である。
しかし、二人とも真剣に、そして互いにちらと目が合わせては、嬉しそうに笑みを交わしながら舞っていた。
やがて緋奈子は舞台から降り、舞台には綾緋だけが残される。
祈雨丸は気が付くだろう。
綾緋の踏む舞が、いわゆる編纂儀式のための魔法陣とよく似た陣を描いていたことに。
朱華の舞は朱華の守り神へ、あるいは禁書と呼ばれるそれへと捧げるものである。
彼の者を慰め、鎮め、そして加護を願うのだ。
視界の端に、ゆらりと蜃気楼のようにしてかの者が立っていた。
彼は目を細めてその舞を見つめ、そして満足したように消え失せる。
その舞をもって楽は鳴りやみ、朱華の儀式、緋継の儀は終いとなった。
背景画像
NEO HIMEISM 様
https://neo-himeism.net/