さて、式典の後は宴会がついてまわるもので、それは朱華も例外ではなかった。
祈雨丸もまた宴席に誘われた。
あるものは何か話したそうな顔をしつつ遠巻きに見つめ、またある者は明らかに顔色を悪くして祈雨丸から距離を置こうとしているようでもあった。
だが、なにはともあれ無事に儀を終え、晴れやかな雰囲気となっているのはたしかだ。
そんな中で、祈雨丸は緋奈子の姿が見えないことに気が付くだろう。
おや。
ではその宴席での話を柔らかく遮り、席を立ち、彼女を探しに行こう。
彼女の姿を探しに外へ行く。
見回してもやはりあの緋色の影はない。
と、そのとき。
きーやーん、こっちこっち
と、上のほうから声がかかる。
上?見上げてその姿を捉える。
緋奈子さん……そんなところに
あっはは、うちのお気に入りなんだよねー。こっちこれる?
そう手招きする彼女がいるのは、屋根の上。
月に照らされたそこに座り込んで、いたずらっ子のように笑っていた。
その手招きにふっと微笑み、瞬間その場から姿を消す。
瞬きをする間に、緋奈子の隣に祈雨丸はいた。
同じように月光の下で、その白い髪をより白くなびかせ。
このような日にと、咎められねばよいのですが
!
突然隣に現れた姿に目を見開き
ワープだ!
と楽しそうに笑った。
へーきへーき! 今日の主役は綾緋だし。うちあーいうの苦手だから、綾緋に逃がしてもらったんだよねー
と言う彼女の頬は、少し上気している。
若干ではあるが、酒の香りも漂っていた。
どうやら飲まされたようだ。
……全く
と溜息ひとつ。
そしてその酒気に気付く。
……人が定めた法について、祈雨がとやかく言う義理は御座いませんが……緋奈子さん、断りましょうね?
と隣に腰掛けた。
う、いやー……飲まないって言ったんだけどさ、祝いの日だーとか言って……まー、すぐ逃げたんだけど
と言いつつ
ってか、シノビに法とか言うのも変じゃない?
とケラケラ笑う。
飲みつけていないのだろう、ほろ酔いと言った風だ。
でも、きーやんの甘酒のほうが、うちは好きだったなー
ふにゃりと笑ってそんな事を言った。
シノビとはいえ、あなたは未だ人間でしょう
と、その屈託ない笑顔には根負けと言った感じで苦笑で返す。
説教したところで、無駄だと悟った。
けれど、今は良しとしましょう。この龍神の甘酒をそれほど気に入って頂けたのなら……まぁ、多少はこの気も鎮まります
成人したら一緒に飲もうと誓った今誓った
ふふ
うん!うちあれ好き。また作ってよー
どうやら、いつもの遠慮や照れは酔いのせいか減っているようだ。
そうして、風にそよぐ紅葉へと視線を移す。
秋の夜風に、頭にかぶった被衣を揺らしながら、小さく口を開く。
綾緋の舞、綺麗だったでしょ
どこか誇らしげに。
アレ、朱華で伝わる舞でさ、緋継の式で披露することになってんの。だから、うちもずっと練習してたんだよね
あの舞台で披露することはなかったけれど。
小さな声で囁くように続ける。
しかし、その言葉とは裏腹に、声色はどこか清々しささえあった。
ね、きーやん
そしてひょいと立ち上がる。
まだ頬は上気しているが、その足取りはしっかりしていた。
跳ねるように屋根の天辺へ行き、祈雨丸を振り返る。
見てて
――そう言って、彼女は舞い始めた。
それは、綾緋が披露したあの舞と同じ舞だった。
被衣をふり、月の光の下で舞う。
この舞は、朱華の守り神にささげる舞。ささげる資格を持つのは当主のみ
うちのこれは、捧ぐ相手を失くした舞
でも、でもね
今は、それでよかったって思ってる
だってさ、この舞を、きーやんだけに贈れるから
そう言って、ひとさし。
舞を終え、くるりと回って、祈雨丸の元へと駆け寄る。
綺麗だったでしょ
いつだったか言われた。
祈りを込めた舞は美しいのだと。
であれば。
であれば、貴方への想いを込めたこの舞は、ぜったいに綺麗なのでしょう、と。
いつも何かと自信のない彼女が、そう、屈託のない笑みを見せた。
その舞の残影さえも慈しむように、祈雨丸は暫く口を閉ざしていた。
そして、彼女に問われてやっと、小さく口を開く。
漏れる吐息は、感嘆か。
あるいは、観念なのか。
……あぁ、美しいな
そう溢さずにはいられなかったかのように、祈雨丸の瞳が僅かに揺れた。
その返事に、緋奈子はとても、とても満足そうに笑った。
GMがやりたかったエンディングは以上です……!
あとは言い残しのないよう、思い残しの無いよう、
やっていただいたら、終幕といたしましょう……!
はぁい……!
折角だから雨降らせて演出しようかな……
ぜひ……!
赤らみ、緩んだ顔の緋奈子の横で、祈雨丸は被衣の上から彼女の赤髪を撫でる。
ふと、その手に、ぽつりと雨が落ちた。
……案ずるな、この月夜を雨雲で覆ったりはしない
雲一つない黒の夜空、月は煌々と照るのに、優しい雨は降り続いた。
……朱華の舞、見事なり。ゆえに、これまでの狼藉の一部は不問とする
その声は何処か鋭く、しかし圧はない。
不思議なものだった。
神主蔵満祈雨でもなければ、邪龍のそれでもない。
あるいは、どちらであるともいえるような。
身に覚えがない、という顔だな。……よいか、私は、人の営みを愛する。故に、朱華の血族の全てを見据え、見守る立場である
被衣の両端に手を掛ける。
緋奈子の顔を覗き込む。
一つ、実の妹であろうとも、あの笑みが私に向けられたものでないと言うこと。
二つ、容易く甘言に乗せられ盃を受けたこと
緋奈子の鼻先で、今にも噛みつかんばかりの近さで言う。
これは、嫉妬である。私が私であるがゆえの性質。……受け止めろ、とは言わぬ。だが、理解しておくことだ
……今更、逃がしはせぬがな。酒の勢いなどいつまでも続くまい。次より、この愛を素知らぬ顔では許さぬぞ
そう言いきって、最後に、ふっと笑う。
自分の言葉に、困ったように眉を下げて。
姉妹仲がいいのは人間的に超好き、家族愛よきよきのよき。(それはそれとして緋奈子ちゃんの笑顔は!独り占めしたいって気持ちは!気持ち持つことだけは!許されたい!)
みたいな
ふふ……www
その言葉に、そしてその触れんばかりの距離に、きょとんとして聞いていた緋奈子はゆっくりと目を見開き、そして顔が赤くなっていく。
もう酔いなど吹き飛んだようだ。
ぅ、え、ええと、その……!
しかし、身は引かず、目もそらさず、俯きもせず。
その顔を見つめ返し、そうして緋奈子も困ったように笑った。
嬉しそうに、気恥しそうに。
……ん、わかった
短く。
しかしその嫉妬を受けてなお、彼女は笑った。
緋奈子はハグレモノである。
何物にも縛られないのが彼女である。
だからこそ、蛇の嫉妬を受けてなお笑うのだ。
縛られないからこそ、自らの意志でここにいるのだと。
それで十分だった。それ以上の言葉を望んだわけでもなかったのだから。
月明りに照葉が舞う。
優しい雨に濡れながら。
この話はここで終い。
二人の先は、きっと明るいばかりではないのだろう。
いつか後悔をするのかもしれない。
それでも、今、共に在ることを悔いてはいないのだから。
いつしか、気が付けば二人は手を取り合っていた。
それは緋奈子からだったかもしれない。
龍神奇譚 第二話
月明りに照葉舞い
これにて、終幕とさせていただきます…!
ありがとうございました!!
ありがとうございました!!
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NEO HIMEISM 様
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