最後の秘密。
禁書と朱華の間にあった、今は失われた物語の断片を理解した祈雨丸。
そんなあなたを、揺らめくように現れた“誰か”はじっと見つめる。
その視線の意味は、二の舞を演じるなという警告か、あるいは別の何かか。
その意味を答えることもなく、彼は消え、そして少女が舞い戻る。
そうして彼女は、能天気に
最後の秘密。
禁書と朱華の間にあった、今は失われた物語の断片を理解した祈雨丸。
そんなあなたを、揺らめくように現れた“誰か”はじっと見つめる。
その視線の意味は、二の舞を演じるなという警告か、あるいは別の何かか。
その意味を答えることもなく、彼は消え、そして少女が舞い戻る。
そうして彼女は、能天気に
ただいま
と笑った。
では、傘を持ちつつ
さて、しかし祈雨は良いとして、あなたがいつまでも雨の下にいるのは宜しくありませんね
と言って、屋内に入るよう誘導しますね…!
きーやんだって濡れたら寒いっしょ?
と言いながら、促されるままに屋内へ足を向ける。
その足取りに躊躇もなく、遠慮もない。
ふふ、雨は我が身の一部ですからそれほどは。ですが、雪は駄目ですね。あれは芯から凍り付くようだ
向かう先は、いつもの場所。
二人で食事を作っては、食べながら談笑した部屋。
恐らくは緋奈子ちゃんが来るようになってから備え付けられた電気ケトルに湯を用意しつつ、
ところで、そちらの荷物は如何されましたか
と風呂敷について聞いてみる。
魔法でお湯くらい沸せるかと思ったけど、特技が遠かった……
《炎》で+2……うっかりすると失敗する程度の苦手感、かな…
緋奈子のほうが得意なやつだ…(火起こし)
《炎》より《情熱》のが近い、情熱で湯を沸かす(?
ふふ、炎が得意なフレンズシノビ
情熱の湯www
情熱で湯を沸かす……ハッ『もっと!熱く!なれよ!!』ですかね!
湯『この情熱……こたえねばなるまいな!!!!』
湯(シュオーーーーーーコポコポコポ) カチッ
あっ何も考えないでカチッって音させちゃったけど、これじゃ電気ケトルだから《情熱》関係ない……
電気ケトルに熱い言葉を掛けてただけの変な人になってしまった
んふふwwww
電気ケトルだったらあれ…《雷》かな……
では、雪は駄目だという彼に、緋奈子は笑いつつ
そっかー、じゃあ冬はきーやんはこたつでぬくぬく派かー
とこぼし、風呂敷を置く。そしてちょうど聞かれたので、少し狼狽えつつ、
ええと、こ、これはその……
少々言葉を濁しながら
……マm……お、お母さんが、持ってけって……
と風呂敷をほどくと、タッパーに入ったおにぎり。整然と並ぶ綺麗なおにぎりと、若干形の崩れたおにぎりが混ざっている。
……おや
とタッパーを覗き込む。
その量を見て、緋奈子ちゃん一人のための弁当でないことにはなんとなく気付く。
が
これは、私も頂いて宜しいのでしょうか
一応、そう聞いてみる。
あたりまえじゃん!うち一人じゃこんな食べられないよー
……どこまで言っていいのかわかんなかったから、あんまり説明とかはしてないけど、……お母さんって、なんであんなわかってるって感じするんだろうね
と独り言のようにポツリとこぼす。
急いでるから要らないって言ったんだけどさー、じゃあお前も作れとか言われて手伝わされるし……
とブツブツ言いつつ
えっと、これがおかかで、こっちが梅でー
と説明している。
その言葉を聞いて、
この心遣い……望外の喜び、未だあなたの一族は動乱の最中というのに、わざわざ……
と嬉しそうに目を細める。
母君のお気遣いに感謝しつつ、
と祈雨丸は一度両手を合わせてから、また
緋奈子さん手製のものはどれでしょうかね
と探す。
お母さん、世話焼きだからさー
と照れたように苦笑しつつ、その言葉に
うぇ!?いや、おにぎりだし味変わんないよ!
と言うが、視線が一瞬ちらっと少し形の崩れたおにぎりに向かっていたのに気づくかもしれない……
なるほど
とその視線を理解して、少し不格好なおにぎりを手に取った。
確かに、米と具と塩だけで作られたおにぎり、味はそう変わらないだろう。
でも、その発展途上とも言える一品に対して、可愛いらしい、と思う程度には。
いただきます
作り手である、彼女の目をしっかりと見て伝えた。
お母さんの、メッチャ上手だけど……うち、あんまりこういう形作るのとか得意じゃなくて、その……
ともごもごと言い訳をこぼしていた。
曰く、母の綺麗な三角形の隣では、余計みすぼらしく見えて気後れしたようだ。
しかし、恐る恐ると言った様子で顔を上げ、自身を真っ直ぐに見つめるその紫の目とぱちりと合い、一瞬呆けてから顔に羞恥とは少し違う趣の紅葉が散る。
ど、……どぞ……
心なしか、もぞもぞと居住まいをただす。
にこりと微笑んでおにぎりの隅をかじる。
暫く何も言わず、いつものように上品な所作でそれを平らげる。
…ただ、その顔には終始、満足げな笑みを浮かべており。
……うん、美味しい
一つを食べきって、まずはそう溢した。
母君直伝と言ったこの味、塩加減……とても美味しいです。これはおかかですね、では、こちらが梅でしょうか
その様子は、並んだ好物に目移りする子供のようにも見えるかも知れない。
だがその目が選ぶのは形の崩れたおにぎりばかり。
困りましたね、病み付きになるとはこのことです
そ、そんな大したもんじゃないし……
と言いつつも、その様子に顔がほころぶ。
ただのおにぎりなのに、と可笑しそうに笑った。
ただ、彼が見ているのが自分の作ったものばかりだと気が付き、急に恥ずかしさを覚えたのだろうか。
う、うち、お茶淹れてくる!
と立ち上がってパタパタと台所のほうへあわただしく引っ込んだ。
おっと……まだお湯が沸くには早いかと……
と中途半端な引き止めでは、彼女が止まるはずもなく。
普段からごはん作って食べてもらっているけど、おにぎりは自分で形作るの苦手だという自覚があるので、なんだか余計恥ずかしくなってしまった緋奈子…
……ふむ
と若干眉を寄せ。
そのつもりはなかったのだが……少し意地悪が過ぎただろうか
そんなことを呟きつつ、それでもおにぎりを口に運ぶ手は止めず。
……なんであれ、人の手料理とは美味なるものだ
ただ一人、己が認めた“人”の手料理なれば、こそ。
また一口かじれば、ツナマヨ……食べ慣れない味にまた、瞳を輝かせた。
祈雨様かわいい……www
その気はなかったけど、どうあても緋奈子ちゃんを羞恥に追い込むのが祈雨丸な気もしてきた……!
『これは……鮪?』『ツナだよ、ツナマヨ』『綱魔夜』
綱魔夜wwww
シリアスシーンで自分から真っ直ぐ見つめることは抵抗ないのに、ふとした時に真っ直ぐ見つめられてしまうととたんに照れ始めるタイプの緋奈子……
そんなシリアスシーンでの緋奈子ちゃんこそ、祈雨丸の心を揺さぶっていることに、気付いてないのだな……
しばらく待てば、二人分のお茶を用意した緋奈子が戻ってきた。
顔の火照りはどうやら収まった様子だ。
おまたせー。うちも食べよっと。なんかほっとしたらお腹すいちゃったし。残ってる?
と言いながら、お茶を机に置いて自分も改めて座り、いくらか少なくなったタッパーをのぞき込む。
ええ、流石に……食べきれない量です
とお茶を受けとる。
タッパーの中は、そのほとんどが母製のものだ。
おかかと、梅と…昆布……あと何か鮭ではなく…ええと、美味しいものが御座いましたね。御馳走様です
残っているそれを見て察したのか、緋奈子はなんともくすぐったそうな表情を浮かべる。
にやけそうな口元を無理やり押さえつけようとしているような、そんな表情だ。
……?鮭もあったかもだけど……、ああ、ツナマヨ?
と心当たりを口にしつつ、自身も一つを手に取って口に運ぶ。
つなまよ……恐らくそれに間違いありません。どう考えても、和食…とは何かが違う調味料……しかし間違いなく美味でした
と嬉しそうに笑う。
本当に、美味しかったです。また手料理を食べる事が出来て……
そっか。きーやん気に入ってよかったー
と、ツナマヨの評価には安堵した様子。
そして彼の言葉に何気なくケラケラと笑う。
ちょっと大げさじゃん?
ただのおにぎり……っても、そっか。きーやん、人の料理、好きだしねー
と、前に少し交わした会話を思い出しつつ言う。
和洋折衷……異文化交流の奇跡とも言えるかと……あんぱんを知った時の衝撃と近しいか……
と独り言のように、やや興奮気味に呟く。
あんぱんwww かわいいwww
それに、大袈裟もなにも御座いません。私は人が好きで、人の織りなす文化、人生、歴史……その全てを愛おしく思っています。……ですが……ですがね、緋奈子さん
と、やがて少しだけ興奮を抑えるように。
今、祈雨が一番欲していたのは、ただの“人間の手料理”ではなく、親しき“あなたの手料理”……ですよ
と、何故そんな顔をしたかは分からないが、本人も少し困惑している様子で、そう言った。
……へ?
まさか、祈雨からそんな言葉が来ると思っていなかったのか、緋奈子は間の抜けた声を上げた。
え、えと……
その言葉の意味が飲み込めなかったのか、しばらくぽかんとし、
あの、それ、どういう……
聞くな、と頭のどこかで警鐘を鳴らす。
きっと、彼にそんな意図はないのだ。
そうにきまっている。
だから、こんな浅はかな期待なんてしないほうがいいのに。
それでも、ぽろりとこぼれた言葉を拾い上げるのには間に合わなかった。
(だって、なんか、見たことない顔で、笑うから)
龍として、回りくどく言うならば……
と、祈雨丸はやや不自然に、ゆっくりと語る。
あなたはもう少し自分に自信を持つべきだ、ということです。あなたは自身が思うほど凡才ではない。家族からは愛され、多くの友を持ち、そしてこの龍神と縁を結んだ。だから、謙遜は美徳であれど、あなたのそれは時折自身を蝕む毒になりましょう
……
そして、溜息を一つ吐く。
私として……人に近しい感情を備えた祈雨丸として、言うのであれば……
……あなたに、あなたという人間に……執着してしまっている
もっとはやくに、言えたらよかったのですが。
と、それは人間でいう“告白”であるはずなのに、祈雨丸の顔は暗くなる一方だった。
……あなたが慕う龍神は、既に六道へと落ちている……。私の想いは……何処までも、蛇性、なのです
その沈んでいく声は、緋奈子に言い聞かせるものではない。
自分自身をいさめるように、静かに部屋に反響した。
…………
その言葉を、緋奈子は呆気にとられて聞いていた。
背景画像
NEO HIMEISM 様
https://neo-himeism.net/