――迷宮への入口、階段室。

ハル

いやぁ~、ほんと
フィンクスが無事で
良かったっすよ。
アリスに連れて行かれた時は
最低でも再起不能を
覚悟したっすからねぇ。

シェルナ

そう思うなら
止めるでしょ普通。

フィンクス

まぁまぁ素直に謝ったら
許して貰えたったし、
あの仮面にゃあ、
ちと気を付けなきゃな。

 階段室では、待ち合わせや最終の装備確認の冒険者が何十人も居る。その中にハル達は笑顔で騒ぎながら入ってきた。

 真剣な面持ちの冒険者が殆どで、一番手前に居たパーティなどは、緊張で明らかに身体を強張らせているのが見てとれる。ルーキーであるのは一目瞭然で、おそらく引率のベテランを待っているのだろう。

ルーキー冒険者

ドキドキ

ロココ

深呼吸をしようかな。

ルーキー冒険者

!?

 ロココはその面識のないパーティに聞こえるよう独り言を呟く。自分もルーキーの時、緊張で身体が動かなかった。その経験からほっとけない気持ちが誰よりも強かったからだ。

ハル

おおーー!
自分もするっすよ。

ロココ

吐く時はゆっくりと。

ロココ

良い感じで力が
抜けてますね。

シェルナ

寝てるしw

シャイン

お約束だけど
鉄板でウケるやつね。

タラト

ハル、ねてる
はやい。

シャセツ

おいっ、早く行くぞ。
そいつの遊びに付き合ってたら
日が暮れて夜になるぞ。

リュウ

そりゃ違いない。
じゃ、ユフィ先に行くぞ。
気を付けてな。

 真っ先にシャセツが迷宮へ降りる階段へ足を向ける。マジで寝ているハルを背に、リュウ達は先に迷宮へ向かった。

アデル

わぁ、ハルの鼻風船凄い。
こんなの初めて見ました。

ジュピター

これは勿体ないから
起こさずにそのまま行くか。

ランディ

いや、こうゆうのは
あるうちに潰す体験を……

 ハルの鼻風船を潰そうと近寄りかけたランディだが、寝たままクシャミを出すハルから飛びのく。クシャミが飛沫するのを、まるで戦闘さながらのフットワークで躱したのだ。

ランディ

や、やべぇ。
今のは絶対に
くらいたくないからな。

ユフィ

あれは確かに嫌ね。
石を投げて起こしましょう。

 まだ寝たままのハルを起こしに行って、あれをくらわされたのでは不愉快極まりない。ユフィの作戦は名案であり、ランディは即座に階段室に転がる石を拾い投げた。

ランディ

あ!?

ジュピター

あら?

アデル

え!?

ロココ

皆同時に!?

 アデル、ロココ、ジュピター、ランディがほぼ同時に投石をする。全員が善意で動いていたが、まさか全員が行動するとは思わなかったようだ。アデルとロココは軽く下から投げたが、ジュピターとランディはその程度でハルが起きるわけがないと、そこそこの威力で上から投げた。

ハル

いででうぇっい!!

 ジュピターの石が眉間に当たり、息も付かせずランディの石が鼻っ柱にHITした。そしてそのままハルは鼻血を散らせながら眠るように気絶する。

 作戦立案者のユフィは、ハルがふざけているようにしか見えなかったようで、後日談だが「身体が勝手に動いた」ようだ。

ユフィ

起きろー!!

 他の四人と違い、明らかに大きな石(むしろ岩)をフルスイングで投石するユフィ。

 石(むしろ岩)はハルの臀部(デンブ=けつ)に吸い込まれた。気絶していたハルはビクンッと身体を震わせ飛び起き、臀部を両手で押さえながら悶え、身をよじった。

ルーキー冒険者

ぷ。

ルーキー冒険者

ぷははははは♪

 一番緊張していたルーキーは、大きな口を開けて笑い声をあげた。

ロココ

 普通に深呼吸をするだけでも楽になると思っていたロココは、狙ったわけでもない行動で、ルーキーの緊張が解けた事を喜んだ。そして他を巻き込み明るい雰囲気を出すこのパーティに、温かさを感じた。

引率冒険者

おっ待たせぇ。
ん!?
およよ?
意外に緊張してないねぇ。

 ルーキー達の引率冒険者が階段室に入ってきた。歳は30前後で綺麗に髪を後ろに結い上げた女だった。引率をするぐらいだからそこそこの経験は積んでいるのだろう。

 そして緊張していないルーキー達を確認して意外そうに眉を上げた。引率冒険者はすぐにハル達が騒いでいる事から、その理由を推測する。そして一番近くに居たランディの肩を叩き、軽いノリで礼を伝えた。

引率冒険者

サンキュ~♪
さぁっすがぁ~、男前ぇ。

ランディ

ああ、あんたが引率か。
俺達はっ、てか
あそこのハルキチってやつが
いつも通り馬鹿やってた
だけだから気にすんなって。

引率冒険者

そ~ぉみたいだねぇ~♪

 あまり酒場で見た事のないその冒険者は、間延びしたセリフをはきながら、ハルが悶絶する姿を眺めている。そしてランディの肩に延ばしていた手を放し、ルーキー達の方へ向かった。

ランディ

…………

 ランディの胸に何かほっこりとしたものが滲んでいた。

 初めて会ったその年上の冒険者に、何故か胸に温かいものを感じたのだ。その理由が判断出来ず、ユフィ達と迷宮への階段を下りながら、少し胸の内を探った。



 ランディは母親を早くに亡くし、その原因が不明瞭なまま生きてきた。恋らしき経験もあるが、達観した性格もあり、それに酔うことなど今迄なかった。だから世に聞く一目ぼれかと思ったが、どうも違う気がする。






 …………。










 答えなんて分からないと一息吐いたランディは、母ミネルバを思い出していた。

 ~諷章~     171、痞えるもの

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