33 閉ざされたエンドロール

 エルカは一人で食堂に向かった。

 これからエルカがやることは、王子を動かして物語を完結させること。

 食堂を離れたときと、変わらず彼の目の前には大量のプリン。


 それを美味しそうに頬張る王子は幸せそうだった。
 そんな王子の姿をニワトリと牛が優しい目で見守っている。この世界のニワトリと牛は表情が豊かなのだ。

王子

何をしているのです。一緒に食べましょう

エルカ

そうだね、一緒に食べると美味しくなるものね

 王子に促されたエルカは、彼の隣に座る。

 これ以上は食べられないと言ったはずなのに、彼は上機嫌でエルカに皿を差し出してきた。

 しかし、そのプリンには違和感があった。

 大量に作ったプリンとは明らかに違っていた。

エルカ

あれ、これって?

王子

はい、カラメルソースですよ

エルカ

私たちは、プリンしか作っていないよね。カラメルソースなんて作っていないよ

王子

そうですよね、エルカとナイトは作っていませんよね。先ほど、二人が席を外している間に作りました

エルカ

これ……王子が作ったの?

王子

はい! カラメルソースの作り方はミルクを混ぜている時にナイトから教えてもらいました

エルカ

………………………バカ

 目の前が霞むのをエルカは感じていた。その目から何かが零れ落ちる。

 溢れ出る何かは、止まってくれない。一度出たそれは、とめどなく溢れ出るのだ。

 それを見た王子は目を見開いて、目を白黒させる。

王子

………って、エルカ?

エルカ

本当にバカ………バカみたいに、美味しいんだからっっ

 何で、こんなに涙が溢れてしまうのかエルカにも分からなかった。


 王子はエルカが突然泣き出したのでオロオロと慌てている。

エルカ

(だって、こんなのはズルいと思う)

 エルカはこんなところで泣くつもりはなかった。

 ここで、エルカが泣く必要はなかったのだ。

 これから酷いことをするのはエルカなのだから。




 これから行うことを頭の中でイメージして、覚悟を決めて、王子のもとに来たと言うのに。

 この王子はエルカが予想していなかった行動に出たのだ。

エルカ

(あの人と同じことをするんなんて)

 あの日、幼いエルカとソルは一緒にプリンを作った。

 試行錯誤しながら、二人でバタバタしながら完成させたプリンは美味しかった。


 ・・・・
 あの時も、ソルはエルカに内緒でカラメルソースを作っていたのだ。

 あのサプライズを思い出す。




 あれは美味しかった。兄や祖父のように絶品なものではなかった。

 だけど、それ以上に美味しかった。あれは素敵な思い出だった。

王子

美味しいのは当然ですよ、ボクが作ったのですから

 ドヤ顔で胸を張る王子は、自分の作ったプリンが美味しくてエルカが泣いてしまったと思ったのだろう。

 確かにその通りだった。



 ナイトの前で泣いたばかりだというのに、どうしてこんなことをするのだろう。


 カラメルソースのほろ苦い味が口に広がっていく。
 少し苦い、だけど愛情かけて作ってくれたからほのかに甘い。

 不思議な味だった。

 あの時と同じ味で、だからこそ涙が溢れてしまうのだ。

エルカ

ううううう

王子

泣くほど美味しかったのですか、仕方ありませんね

 美味しかった……とても美味しかった。

エルカ

……でもね、ダメだよ

 ふいに、エルカの冷めた声が王子に向けられる。

王子

え?

 一瞬にして空気が冷える。


 笑顔が消えた王子に向けられるのは、冷めた視線。

 その視線に、王子は驚いて目を見開いた。


 それは、王子が初めて見る普段の彼女の表情だった。


 冷たいワインレッドの双眸から、王子は逃れることができない。

エルカ

私が描いた貴方の物語。この結末は違うの………ああ、確かに描いたよ。でも違う……だって、この話は塗りつぶしたから

王子

え?

エルカ

こうして、ね

 エルカの手にはいつの間にか黒いインク瓶が握られていた。

 それをエルカは、躊躇なく床に叩きつける。

王子

待ってください!

 王子の叫び声と、同時に激しい音を立てて瓶が割れた。インクの飛沫が、周囲を黒ずんだ影で覆う。

 パラパラと壁が落ちて来た。

 この世界が崩壊しようとしているのだと、王子は感じていたが動くことが出来なかった。足が床に縫い付けられているように、身動きができない。


 目の前のエルカは憎悪の篭もった目で王子を睨んでいる。

エルカ

どうしてこういうことをするの? ソル?

 エルカは目の前の王子ではなく、王子の双眸の向こうに向けて言っているようだった。

 こんなに至近距離で向き合っているのに、彼女は王子を見ていない。


 王子は自分がいることをアピールするように、手を大きく広げた。

王子

ま……待ってください、ボクはプリン王子だ

エルカ

………でもね、そのモデルはソルだよ。だから、ソルなんだよ

王子

…………

エルカ

だから、貴方は知っているはずだよ。物語の結末は違うの。プリン王子の前から、まほうつかいの女の子は消えて、城のみんなも消えて、プリン王子はひとりぼっちになるの。

エルカ

ソルがそうだった。みんなを突き放して、ひとりぼっちになった。あれは私が悪いのに……

王子

………

エルカ

こんなことをしても変わらないんだよ。物語の結末が変わっても、現実は変わらないんだよ。甘い幻想は見せないでよ

王子

…………ボクは

エルカ

だから……

オレは………

 エルカは、王子が発言することを許さなかった。

 何も言わせない。

 エルカは物語を完結させなければならないのだから。
 物語を乱すことは許さない。

 だから、物語に終止符を打ち付ける。

エルカ

サヨナラだよ

私がいなければ、貴方は幸せになれるから

………

 その言葉で、物語は幕を閉じたのだ。

 それだけで、暗い闇が大きな口を開いて全てを飲み込んだ。

 エルカも王子もプリンも、何もかもが闇に飲まれていく。 

 エルカが最後に見たのはカボチャパンツの王子様ではなかった。

 泣きそうな顔を浮かべるソルだった気がする。

王子さまは
女の子とお城のみんなとで
プリンをつくりました。

さぁ、みんなで作りましょう

はーい!

ああ

そしてみんなで食べましょう

な■▼■味しパガsジェ

ギャsネsj■■m?????????

……この物語は黒いインクで潰されて読むことができないのね

……だから、残念だけどここで終わりよ……


その〓〓〓は〓〓〓、
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓。

〓〓〓まは
〓〓〓〓〓〓した。

〓〓〓は〓〓〓〓〓見て
〓〓〓〓〓〓した。

〓〓の〓〓〓も
〓〓〓〓〓〓見て〓〓〓た。

〓〓〓〓
〓〓〓〓〓〓〓〓
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

〓〓〓王子〓〓に
プリン〓〓〓は、いらな〓〓〓〓〓〓。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓い〓〓〓〓〓
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
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第1幕ー33 閉ざされたエンドロール

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