32 探しモノの在り処

 静かな廊下にエルカだけの足音が響いている。

 エルカは足を止めて、目の前の扉を開いていた。

 扉なら、どれでも良かったのだ。

ナイト

紅茶でも飲むか?

 部屋の中にはナイトの姿があった。

 適当に入ったそこは、エルカが寝泊まりしている客室と似ている。

 ベッドに使われている形跡がないので、似たような部屋が幾つもあるのだろう。

 ナイトは突然入って来たエルカに驚いた様子がなかった。

 まるで、エルカが来ることを知っていたように、テーブルの上には二人分のティーカップが置かれていた。

エルカ

………うん

ナイト

じゃあ、そこに座って待ってなよ。話をするのは、それからだ

エルカ

ありがとう……

ナイト

はい、出来たぞ

 ナイトは二人分の紅茶を淹れると、エルカの隣に腰をおろす。

 エルカはティーカップを両手で持ちながら、小さく呟く。エルカがナイトに会うためにこの部屋の扉を開いたのだ。

 ナイトが何処にいるのかは、わからない。だけど、ナイトが居る場所に行くことは可能だった。

 それが、この物語を生み出したエルカの特権でもある。

エルカ

……ナイトがいなかったら、ここまで物語を紡げなかったよ。ありがとう

ナイト

そのために俺はここに来たのだからな

エルカ

物語を進行させるための道具だから……?

ナイト

まぁな……

エルカ

ところで、探しモノはみつかったの?

ナイト

もちろん、みつかったよ

エルカ

そっか……じゃあ、つまりは……そろそろお別れだね

ナイト

でも、俺ってさ……探しモノがみつかった後のことは考えてなかったんだよな

 ナイトは微笑む、悲しそうに傍らの少女を見た。

 この部屋に入ってから、エルカは意識的にナイトと目を合わさないようにしている。



 今も、視線はひと口も飲んでいない紅茶しか見ていない。


 薄っすらとした波紋を目でひたすら追いかけながら、エルカは苦笑する。

エルカ

考えていないって………それって、問題発言だよ。あの王子に怒られちゃうよ

ナイト

そうだな

エルカ

………私、この物語の結末は思い出しているの

ナイト

そうか……

エルカ

ナイトも知っているんだよね?

ナイト

……いや、知らないよ

エルカ

そっか………

ナイト

………本当に知らない。俺はお前の物語を知らないから

エルカ

うん

ナイト

お前が望むなら………このままこの世界に留まるのも悪くはないと思う

エルカ

え?

ナイト

ここでの生活は何の不自由もないだろ? 料理をしなくとも食事が食べられるし、大好きな本だっていくらでも読める

エルカ

何を言っているの? こんなメルヘンな世界は嫌だよ。それに、私一人の為にみんなを不幸にしたくない。だから、物語は終わらせる。それぐらいのケジメはつけないと

ナイト

………そうか………いつも言っているけどさ

エルカ

え?

ナイト

………あんまり心配かけさせるなよ……そうやって目を合わせてくれないとさ……不安になるんだ。お前もアイツも、暴走すると何をしでかすかわからないから

エルカ

………っ

 ふいに大きな手が頭に乗せられた。


 視線を動かせば、見えるいつもの表情。






 迷惑をかけているのはエルカなのに、い つ も こ う し て 心 配 し て く れ る 人 だ っ た。

ナイト

やっと、目を合わせたな……

エルカ

…………っ

ナイト

探しモノが何かって? そんなのすぐ側に、目の前に、手の届くところにあったよ。でも見つけただけじゃダメだった。手が届くところにあっても、すり抜けてしまいそうで怖かった

エルカ

…………

ナイト

全く、こんなところに閉じこもってさ……爺さんの地下に引篭もることは許していたけれど、こいつは、ちょっとやりすぎだな

エルカ

………ごめんなさい、兄さん

 エルカはその言葉を口にするのをずっと我慢していた。それを口にすれば、自然に涙が溢れ出てしまう。


 だから、顔を見たくなかった。

 その目で見られたくなかった。



 心配性の兄ナイトはずっと待っていた。




 エルカが思い出すのをずっと待っていてくれた。
 今までたくさん愛情を注がれていたのに、思い出せない薄情者なんかの為に。


 こんなところにまで、探しに来てくれたのだ。



 いつも守っていてくれた手で力いっぱい撫でてくれる。


 痛いぐらいに撫でまわす。


 力加減を知らない兄は、エルカの髪が乱れるのなんて気にしていない。いつもそうなのだ。十四歳の女の子なのに、彼の中ではまだまだ小さな女の子のまま。

ナイト

やっぱり………思い出していたのか………俺のことも、他のことも

エルカ

…………うん

ナイト

探しモノは目の前にあった。だけど、目の前のそれは……俺を兄とは認識してくれなかった。俺が兄だと思い出すまで待っていた……でも、もう、俺には止められないのか?

エルカ

うん……兄さんには、何もできない

ナイト

酷いこと言うよな……

エルカ

ごめんな……さい

ナイト

俺はここで物語を止めたままでも良いと思う

エルカ

それはダメだよ。この物語は、私と彼の問題だった。そこに介入してくるなんて、とんでもない兄さんだよね

ナイト

俺はしつこい兄だからな……でも、お前が決めたのなら俺には止められないだろうな。エルカ、物語を終わらせるのなら、行ってこいよ

エルカ

……はい

 ナイトは何度も何度も、名残惜しそうに頭を撫でまくる。


 行ってこいって言いながら、離してくれない。


 知っているのかもしれない。
 きっと、これが最後だと言うことを。

第1幕ー32 探しモノの在り処

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