31 結末へのカウント

 ナイトは計量カップでミルクを測ってから、予め計量しておいた砂糖が入っているボウルに流し入れる。

 それを、王子の前に差し出しながら、プリンのレシピを説明を始めた。

ナイト

プリンは卵とミルク、砂糖の三つがあれば作れるんだ

ナイト

まずはミルクで砂糖を溶かす……そこに割りほぐした卵を入れて……そいつを型に入れて蒸して、冷やして、完成だ

王子

それなら、簡単そうですね

ナイト

エルカは火を使うのは危ないからな、卵を割っておいてくれ

エルカ

……やっぱり子供扱いされているような気がするけど

 エルカは不満そうに口を尖らせる。

しかし、ナイトの説明を素直に聞きながら作業をする王子の姿が新鮮だったので、子供扱いは許してあげようと思った。

 足元にはテコテコと音を立てながら、ニワトリがトサカに卵を乗せて運んでくる。

エルカ

ありがとう、ニワトリさん

コケー

 エルカが卵を受け取ると、ニワトリは次の卵を取るため、再びテコテコと歩き出す。

 王子の側では牛が分量通りに、ミルクを出している。誰かが絞らなくても自然に出てくるようだ。計量カップは不要らしい。

 どうやら、彼らも手伝ってくれるようだ。
 エルカはニワトリから受け取った卵を、少し不器用な手つきで割っていた。

 ナイトはミルクと卵を混ぜ合わせながら、時折エルカや王子の作業をサポートしている。 

 プリン王子の物語の通りに、エルカは王子を動かすことが出来ている。


 それを、エルカは感じていた。

王子

………できましたね!

 どのくらいの時間が過ぎただろうか、王子が感嘆の声を上げる。
 食堂のテーブルには大量のプリンが所狭しと並べられている。

 大きさはバケツサイズから、小さいものはエスプレッソカップのサイズまで大小様々なサイズのプリンを作ることが出来た。


 目を輝かせる王子と対照的に、エルカとナイトは淀んだ表情を浮かべている。

ナイト

………これなら数日はもつだろうな

エルカ

そ、そうだね……

王子

何を言っているのですか? 一日分ですよ

エルカ

え……本気なの?

ナイト

マジかよ…………

 げんなりとした表情でナイトが呻いた。

 食材集めから帰宅して、そのまま休まずにプリンを作ったナイト。顔色が悪いのはその疲労の所為だけではなかった。

 みんなで作ったプリンは、全てが成功したわけではない。

 失敗したものは失敗作だからと言って王子は食べなかった。それらは、勿体ないからとナイトとエルカが食べたのだ。


 味に問題はないが形が悪かったり、綺麗に固まらなかっただけのもの。その失敗作も大量にあった。

 エルカとナイトだけでは食べきれず、牛とニワトリにも手伝って貰ったのだ。ちなみに彼らは、厨房の隅でうずくまっている。

 エルカは目の前のプリンから目を反らす。

エルカ

私はもう十分だよ

ナイト

俺もだ……食べ過ぎたな

エルカ

だから、残りは王子が全部食べて良いよ

王子

ほ、本当ですか! ありがとうございます

エルカ

私は、少し外に出てくるね。この甘い匂いは耐えられそうにないから

ナイト

俺も、ダメそうだ……さすがにコレは……

王子

二人とも、情けないですね。こんなに、うっとりする匂いなのに

 そう言いながら、目の前のプリンをひと口で平らげる王子。

 彼に微苦笑を向けながら、エルカとナイトは共に廊下に出て行く。

 エルカは廊下に出て呼吸を整える。

 屋内にいるというのに、冷え切った空気が流れていた。

 食堂と、扉一枚を隔てただけで、こんなにも空気が変わるのだ。

ナイト

これから、どうする?

 ナイトの問いかけに、エルカは視線を上げた。

 そして、微笑を作る。

エルカ

………少し………散歩してくるね

ナイト

おう

 この城の中は迷いやすい構造になっていた。
 だけど、エルカは何も考える必要はなかった。

 適当に歩くだけで目的地である図書室に難なく辿り着ける。

 エルカが行く先に……行きたい場所が現れるのだから。



 この世界はエルカが生み出した世界。

 だから、エルカは自由に移動できる。

 エルカが望めば、目の前の扉が図書室に繋がる扉ということになる。


 ナイトの気配が背中から消えたことを確認して、エルカは目の前の扉を開く。


 向かう先は、図書室の奥。

 エルカは堂々と隠し通路を通って辿り着く。 
 警戒する必要はなかった。

 この部屋はナイトや王子には見つけることはできない。

 エルカがそう望んでいたから。
 ここは、エルカしか入れない、エルカにしか見えない、秘密の部屋。



 エルカ自身が彼らを案内しない限り、彼らは絶対に立ち入ることの出来ない場所。

 部屋のテーブルの上には一冊の本と赤い鈴がある。
 本を開いて、鐘を鳴らした。

 チリン

 しんと静まり返った部屋に頼りない鈴の音が響く。

エルカ

……ソル、聞こえる?

…………

 声をかけるが、返事はなかった。

 でも、それで良かった。

 エルカは一方的に彼に言葉を伝える。

エルカ

……物語は進んだよ。みんなでプリンを作って、みんなでプリンを食べたの

…………

エルカ

ソルは…………この後、どうしてほしいの?

………っ

エルカ

貴方の考えていることは、いつも分からない。教えてよ

………

エルカ

言わないのか、言えないのか………どちらでも良いけど。このまま私は物語を進めるよ。良いよね? 私が描いた結末に……

………

エルカ

………フフフ、もう、何も言わなくてもいいよ。じゃ、行くね

 返事がないことを確認して、エルカは本を閉じる。

 その本の表紙を、撫でた。

 懐かしくて愛おしいものを撫でるように、丁寧に触れる。



 表紙には日記帳と書かれていた。
 誰のものかは、知っている。


 どうして、ここにあるのかは、分からない。
 ページを開いても、もうソルの声は聞こえない。

 今まで見えなかった文字が、今は鮮明に見える。
 日記の文章は、あまり上手ではない字で、だけど丁寧に書かれていた。


 部分的に黒で塗りつぶされていて日記として読むことは出来なかった。


 それを少しだけ読んでエルカは閉じる。

 そして、その場を去った。

第1幕ー31 結末へのカウント

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