30 物語は結末へ

 ナイトが城を出てから数日が過ぎた。

 エルカはいつものように応接間への廊下を歩いていた。
 ふいに人の気配を感じて厨房の前で足を止める。ガサガサという音に警戒しながら覗き込むと……


 大きなテーブルの上に大量の卵にとミルクの瓶があった。

 そして、それらを並べているナイトの姿を確認すると、エルカは緊張の糸を解いて声をかける。

エルカ

おかえりなさい

ナイト

おう、ただいま。良い子にしていたか?

 久しぶりに見るナイトの姿に安堵していた。

 もしも、あのまま居なくなったらどうしようか……エルカは不安だったのだ。

 小走りで彼に近付くと、大きな手でワシャワシャと頭を撫でられる。

 エルカは子供扱いをされていることに気付くと、口を横に結びながら、上目遣いで睨んだ。

エルカ

子供扱いしないで

ナイト

はいはい……何もなかったか?

エルカ

うん、ナイトも元気そうで良かったよ

 ナイトが居なくなるぐらいなら、材料なんていらなかった。

 無事に戻ってきて欲しかった。

 それを口にするのは恥ずかしいので、エルカは微苦笑を浮かべながら食材を見渡す。

 材料も無事に調達できている。卵とミルク、どちらも手に入ったのだ。

エルカ

すごい……材料集まったんだね

ナイト

もちろん! エルカの気持ちが通じたのかもな……世界の外れに牛とニワトリがいたんだ。そいつらから貰った……というか連れてきた

エルカ

連れてきた?

ナイト

そこに牛とニワトリがいるから、卵とミルクが必要になったらそいつらに頼むんだ。快く出してくれるぞ

エルカ

え……

エルカ

ひゃう?

 厨房の片隅に牛とニワトリがいた。

 存在感が全くなかったので、エルカは驚いてナイトの背後に隠れる。エルカが本気で驚いたので、ナイトは楽し気に笑っている。


 小さなニワトリはともかく、大きな牛がいることに気付かないなんて、エルカは羞恥心に俯いてしまう。

ナイト

ハハハ……そいつらは精霊のようなものらしいよ。見えるときは見えるし、見えないときは見えない

 

エルカ

この世界について理解してきたつもりだけど……まだまだ奥深いのね

ナイト

そうみたいだな

エルカ

でも、これなら……たくさんのプリンが作れるね。ありがとう

ナイト

エルカがたくさん願って、望んだ結果だよ

 それは冗談でも何でもない事実なのだろう。

 材料が、こうして集まったということ。

 それはエルカが、物語を完結させようとしている証拠になる。

エルカ

ナイトは怪我とかしていない?

ナイト

大丈夫だ

エルカ

良かった……

ナイト

心配してくれるのは嬉しいが、片付けるのを手伝ってくれるか?

エルカ

もちろん

ナイト

じゃあ、そこに卵を割れないように並べて貰えるか?

エルカ

うん、任せて


 エルカはナイトの指示を受けながら、卵を並べる。
 その時、遠くから雄たけびが聞こえた。

王子

うぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!

ナイト

な、何だ?

 声を上げて猛ダッシュしてきたのは王子だった。

 厨房に駆け込むや、ナイトには目もくれず、並べられた食材の一つ一つに一喜一憂する。

王子

卵だー! ミルクだー! ボウルだ! これは、プリンの型か

エルカ

ナイトが集めてくれたんだよ

 王子はエルカの声が聞こえていないらしい。

 食材や材料を手に取って、その度に目を輝かせていた。そして、最後に端におかれたソレを手に取る。

王子

……………バケツ! 完璧だな

 彼の目は生き生きとしていた。

 特にバケツが気に入ったらしく、コンコンと叩いてみたり、ひっくり返したり、念入りにチェックをしている。

 そして、ふむふむと頷いている王子が視線を動かすと。

 片隅に牛とニワトリがいた。
 彼らはジーっと王子を見ている。

王子

な、何ですか! どうして、牛とニワトリがいるのですか

ナイト

牛とニワトリがいるから、ミルクと卵があるんだよ

エルカ

材料が足りなくなったら、この子たちの出番だからイジメないでね

 自分の城に家畜を連れ込まれたことに憤慨したかった。

 今すぐにでも追い出したかったが、エルカによれば材料がなくなったら牛からミルク、ニワトリから卵を貰うのだという。

ナイト

追い出さなければ、プリンは無限に食べられるぞ。追い出したら、そこで終了だ

王子

ううぅ

 それは究極の選択だった。

 しかし、王子は秒で屈服することとなった。自分がどれぐらい食べるかもわからない。

 無限に美味しいプリンを食べる為ならば仕方がなかった。王子は膝をついて項垂れる。

 エルカはそんな王子と、飄々とした表情のナイトを交互に見やる。

エルカ

二人とも私の提案を聞いてくれる?

王子

何でしょうか?

エルカ

どうせ作るなら特大プリンを、みんなで作ろうよ。ちょうどいいバケツもあるしね

ナイト

あれ? バケツって調理後の掃除に使うんじゃないのか?

エルカ

新品で綺麗なやつって頼んだよね

ナイト

冗談だって。もちろん、エルカに頼まれたとおりに未使用で綺麗なものを探して来たよ

エルカ

なら、大丈夫

 あのバケツはナイトに頼んだものだった。
 きっと、食材探しより大変だったかもしれない。

 バケツでプリン。

 ソルと作った、あの思い出のプリン。

 それを作る為に必要な道具。

 あの時は鍋で代用したけれど、物語で王子はバケツでプリンを作っている。

王子

エルカ? みんなで……と言うのは

エルカ

みんなで、だよ

王子

ボクとエルカで……ではなく?

エルカ

ナイトがレシピを知っているのよ。私たちだけじゃ作れない。私、作れないし。王子だって作れないでしょ

 エルカはまだプリンの作り方を知らなかった。料理の本に書かれている文字は知っている文字なのに、どうしてだか読むことができない。


 難しいものではなかった。あの日の光景は思い出せるけど、どうやって作ったのかが思い出せない

王子

そうでしたね

エルカ

物語ね、少しだけ思い出したの

ナイト

……そうか

エルカ

プリン王子はね、美味しいプリンを食べたかった。だけど見つからないの。だから自分で作ることにしたの。『自分で作ると美味しい』ってことを教えてもらったから。

エルカ

それで、プリン王子はお城の皆と一緒にプリンを作ったんだよ。だからね、王子……みんなで作ると美味しいの

王子

はぁ?

エルカ

みんなで食べると、もっと美味しいんだよ

 エルカは王子をジッと見据える。

 深いワインレッドの双眸は、王子を離さなかった。

 彼は驚いて目を見開いたまま、視線を反らすことができない。

王子

そ、そうですね、大きなプリンが……ボクは食べたい

エルカ

うん。ナイト、帰って来たばかりで疲れているだろうけど手伝ってもらえる?

ナイト

もちろん……王子、俺の役目はこういうことなんだよ

王子

ど、どういうことですか?

ナイト

物語を進行するために必要な『道具』さ

王子

どういう……

ナイト

俺の役割、まずはプリンを作るための材料集める。そして、プリンを作るためのレシピ役……それが俺なんだ

エルカ

たしかに……ナイトがいないと私たちは手作りのプリンを作ることができない

ナイト

そういうことさ。じゃあ、王子……お前の役目は何だ? わかっているだろ?

 ナイトは胸を張って微笑む。

 ナイトはここでの役割を果たしている。エルカがプリンを作る為の食材を集め。そして、これから、エルカがプリンを作る為にレシピを指南する。

 それを理解して、王子は大きく頷く。

王子

エルカが主人公であるボクを導いてくれる。ボクは主人公としての役割を果たしましょう。みんなで一緒に作ると、貴女が言ったのなら……ボクは二人と一緒にプリンを作ります

エルカ

じゃあ、がんばろう


 そして、三人で三人のためのプリンを作ることになった。

第1幕ー30 物語は結末へ

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