29 止まった物語
29 止まった物語
応接間では王子が苦悶の表情を浮かべていた。
ソファーに座っていたかと思えば、突然立ち上がり周囲を見渡して、また座り込む。立っては座るの繰り返し。
その挙動不審の行動を訝しく思いながら、エルカは応接間に足を踏み入れていた。
プリン……おいしい、プリンを食べたい
呻くように彼はプリンを求める。
ナイトが食材を探す為に城を出たことは伝えていた。
苦手なナイトがいなければ、機嫌が良くなると思っていたが、王子は不機嫌な表情を崩すことはなかった。
プリン王子の物語は、
・・・・・・・・・
ここで止まっていた。
召喚されたプリンを食べた王子は幸せそうだった。だから、エルカとナイトは彼の望むままにプリンを召喚した。
しかし、何度目からの頃に王子の中に満たされない思いが生まれる。
プリンを前にしているのに、それ以上のものを望んでいた。
彼は自分の中に生まれた不快感を嫌悪していた。
エルカたちが好意で召喚しているのは分かるのに、その好意すら嫌悪する。
どうして、彼らはこれ以上のプリンを用意できないのだろうと怒りを抱いていた。
その嫌悪と怒りは外に向けられていた。
ここにナイトがいれば殴り掛かるぐらいのことはしただろう。この城には自分とエルカしかいない。
エルカに当たることは出来ないので、物に怒りをぶつけていた。エルカの視線は床に向けられていた。
ソファーに置かれたクッションが床に放り投げられていた。
壁に置かれた花瓶が割れていた。
床には花瓶に飾られていたバラの花びらが散乱している。
王子は自分の怒りを、クッションや花瓶やバラの花に向けたのだろう。
そこで物語は止められたまま。
今のエルカは王子の物語を進めてあげることができない。
その事実に申し訳なく思いながら、エルカは王子の前に座る。
うん……分かったよ……
エルカは本を開いてプリンを召喚する。
これは子供向けの料理本でエルカの手が届くところにあったもの。いつもの本と比べて、クオリティーは低いもの。
より美味しいプリンを求めているのに、普段食べているもの以下のプリンを差し出すのは心苦しくもなる。
しかし、他に方法はなかった。
エルカが王子の目の前に差し出すと、彼はそれを頬張る。
ありがとうございます
ナイトがいないから、これしか出せなくてごめんなさい。他の本を探してみようか?
気になりますが、やめておきます。他の本が高い場所にあることは聞いていますよ。エルカにケガさせたら、ナイトに何言われるか……
ごめんね……
いいえ………それにしても主人公とは不便なものです。物語に必要不可欠だというのに、自分では何もできないなんて
ここでボクは料理の本に触れることができないみたいです。ボクが念じても何も出てきません。図書棺にいたときには出来たのですが……すみません
王子が目の前の料理本に手を伸ばすと、その手は本をすり抜けた。
それは、王子の責任じゃないよ
今はエルカのお蔭でプリンを食べることが出来ます。とても感謝していますよ
私は本を開いてイメージしているだけだよ
それはボクには出来ないことです。エルカはもう少し自分を誇っても良いのですよ。ボクが出来ないことを出来るのですから。ありがとうございます
王子は少しだけ疲れたような笑みを浮かべる。
ケンカ相手のナイトがいないからだろうか。物語が進めていないからなのか。その顔に疲労の色が浮かんでいる気がした。
今のエルカが出来ることは、とても少なかった。
だから、少しでもたくさん彼に笑顔になってもらうために、エルカはプリンを召喚するのだった。