――翌朝、酒場の一角。

 いつもの朝の風景。夜の酒場にはない爽やかな光が入口から射し込まている。これから迷宮へ探索に行く者達の落ち着いた空気。死地を知る者にとっては、ただの朝食でさえ生きている事を実感出来る機会なのだ。

ハル

ふむぅ~、
やっぱり酒場の飯は
美味いっすねぇ。

 少し眠たそうなハルが、誰に言うわけでなく呟く。満足の一歩手前といった顔付きだ。

ハル

まぁ、どうあっても
ミルクだけはシーベルトに
かなわないっすけどねぇ。

 ハルの故郷は、ディープスから離れたオーマイト王国領シーベルト。ハッキリ言って田舎だが、田舎には田舎の良さがあるのだ。

 隣では一生懸命朝食を摂るアデルがそれを聞き、質問する。

アデル

ハルの故郷のミルクは
そんなに美味しいのですか?

ハル

シーベルト特産の
ジョージー牛は格別っす。
うちで飼っているペクンタって
ジョージー牛がいるんすけど、
良いミルク出すっすよ。

 ハルの脳裏に、長らく帰っていない故郷の風景が鮮明に浮かぶ。草原の風が心地よく、独特の香りをのせて鼻をくすぐる。ジョージー牛のペクンタの懐かしい手触りや、村の人々の笑顔を思い出した。

アデル

そんな事聞くと
飲みたくなりますね。

 アデルのテーブルの上には、ハル以上の皿が空いており、本人曰く「腹八分ぐらいがいい」との事。そう言ったそばから、アリスが頼みすぎたケーキを、分けてもらっていた。

リュウ

そういや皆の新しい装備、
調子はどうだったんだ?

 少し会話が切れたところで、珈琲の湯気に目を遊ばせているリュウが聞いた。

 新しい装備というのは、リアとダナンから買ってもらった装備の事だ。六階層探索から帰還してから一度も話題に出ていなかったので、リュウが話題に上げたのだろう。

ユフィ

断然違うわね。
この音速の鞭の衝撃は
充分に六階層の魔物に
通用しそうよ。

シェルナ

この静寂の金輪はまだ
足音が静かになるって
言われてるんだけど
そんな感じしないのよね。
今度ガーナッシュさん居たら
もう一度聞いてみようと
思うの。

アデル

私の冥血六界とい手鏡は
実は効果が分かって
ないそうなんです。
貴重な品というのは
間違いないらしいのですが。

ロココ

僕のリング・オブ・リカーナは
記憶を司る指輪だそうです。
アデルさんと一緒で
詳細は不明なんですけど
きっと記憶力が良くなったり
してるんですかね。

シャイン

私の印老痕は……
まだ教えないわ。

リュウ

おいおい
それは言っておいた方が……

シャイン

企業秘密じゃん。
それよりアンタの
剣はどうなのよ。

リュウ

あー、
これは使い易いには違いないけど
まだ使ってない。
ってか、このショートソード
使う機会が訪れないんだよ。

シャイン

うちにはシャラトが
居るからよね。
リュウが接近戦に
追い込まれるシーンが
想像出来ないじゃん。

 会話の流れでシャセツとタラトに皆の視線がいく。静かに探索を待つシャセツと骨付き肉にかぶり付くタラトが順番に答えた。

タラト

あれ、いらない。
腕が、変になる。

シャセツ

九頭桐丸は手放さん。

 タラトはどうも腕に何かを付けるのがうっとおしいらしく付けていないらしい。シャセツはハルに勧められて九頭桐丸(クズキリマル)という刀を使うことになったが、既に自分の手足のように使いこなしていた。

ランディ

俺のこの剣も
大した切れ味っつー感じだな。
流石一流の武器は
やっぱ違うよな。

ハル

もしかしたら
その剣ならランディの技
使っても壊れないんじゃ
ないっすか?

ランディ

お!?
ハルキチ、久し振りに
まともな事言ったんじゃないか。

ハル

いやぁ~
そんなに褒められると
こそばゆいっすよぉ。

ロココ

でも、それで
壊れちゃったら良い剣なのに
勿体ないですよね。

ランディ

何言ってんだロココ。
そん時ぁ又、
買えばいいんだよ。

ハル

おおぉー!
そうっすね。
流石ランディ。
良い事言ったっす。

ユフィ

ふ~、
全くどこにそんなガロンが
あるって言うのよ。

 馬鹿笑いしてるハル達の横で、ユフィが独り言を呟く。

 その隣で装備購入の経緯をざっくりとしか聞いてないジュピターが、ふと疑問を零した。

ジュピター

で、ハルは何を
買ってもらったんだ?

ハル

まぁ色々あってこれっす。

 シャセツに銀の盾を真っ二つにされ、結果、呪いに引き寄せられて、二つ目の僻地駐屯兵シリーズを装備する経緯を話した。

ユフィ

騒がしくして
大人しくしないから
そんな事になるのよ。

 あれはしょうがなかったと語るユフィ。もちろんハルの自業自得な面が殆どだったので飽きれるのもしょうがなかった。

ジュピター

というか、それ
何か買うより一つ目の呪いを
解呪してもらう方が
良かったんじゃないのか?

アデル

あ!?

シェルナ

ホントだ……

ユフィ

そ、そうね……

 高級品を買って貰える嬉しさから誰も気付かなかった考え。しかも呪いを解くどころかさらに増やす結果になっているのだ。

 飽きれた物言いだったユフィも、「まぁしょうがないわね」と適当にはぐらかして、何食わぬ顔でお茶をゆっくり飲み始めた。

シャイン

あの呪いのアイテムには
3つ揃えると神の力が宿ると
コフィンが言っていたから
ハルにはちゃんと
揃えてもらわなきゃね、
むふふ……ん!?

 何気ない賑わい。そんな中でまだ感想を言っていないフィンクスがシャインの目に止まった。



 フィンクスの手には『暁の仮面』と呼ばれる仮面が握り締められており、それをじっと見つめている。そしてシャインが声を掛ける間もないまま、誘われるようにその仮面を被った。

 ~諷章~     168、あ、本当だ。

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