22 プリン王子のものがたり

 王子が寝てしまったので、エルカは用意された部屋に向かった。

 気持ちよさそうに寝てしまった王子のことはナイトに任せてある。



 

 エルカはベッドに置かれた枕に顔を埋める。

 ここには時間という概念がないので、どれだけ起きていたのかわからない。

 荒波のような疲労感に襲われながら、エルカは目を閉ざす。

 ふんわりとした肌触りに身を委ねながら、あの頃のことを思い出していた。





 それは、ソルとも話した幼い日の記憶。

 祖父の住む地下書庫はエルカにとっての楽園だった。


 新しい母親は、ここを気味悪がっていた。

 グランは魔法使いと呼ばれた男。彼の集めている書物はどれも怪しいものばかりと彼女は考えている。

 彼女は今すぐにでも彼に私物を持って出て行って欲しかった。

 だが、愛する夫の父親だから仕方なく同居しているのだと彼女は言う。

 彼女は彼が嫌いなのに彼の所有する屋敷に住んでいる。

 ほとんど帰ってこないけど、住んでいる。彼は、もうすぐ死んでしまうから、それまでの辛抱……そんなことを話していた。

 彼が亡くなったら取り壊して新しい屋敷を建てようという計画を立てていた。



 そんなお金はないのに。

 曰くつきとはいえ、この広大な土地は手放したくないのだろう。











 この屋敷の主である祖父の地下室。

 書棚に囲まれた書庫。

 ここだけがお城のように思えた。

 屋敷の中は汚いけれど、ここだけはキラキラとしている。



 おそらく、それは彼の魔法によるものなのだ。
 幼いエルカはここを訪れることが多かった。
 自分の部屋よりも、心地が良かったから。 

グラン

エルカ、何を描いているのかね

エルカ

絵本だよ

 何年も、いや何百年もそこにあるような机の上。

 日記帳を広げて、パステルと木炭を握りながら、思い浮かんだ世界を描く。

 それがエルカの楽しみであり日常。

グラン

これは、王子様かね

 祖父が指さしたのは王冠をかぶった男の子の絵。

 眉を下げて、口をへの字にした男の子。

 とても不機嫌な顔をしている。

エルカ

そうだよ

グラン

王子様は笑っていないのかい?

エルカ

この王子さまはね、プリンを食べると笑顔になるんだよ。これは、まだプリンを食べる前なの

グラン

そういえば、また大量に作っていたなぁ。じじぃの分はあるかね?

エルカ

昨日作ったプリンは全部食べられちゃったよ

グラン

育ち盛りだからねぇ。しかし、食べたかった………じじぃが高い卵を買ってやったのに、少しも食べられないとは……

エルカ

私も食べてないから、落ち込まないで

グラン

食べていないのか?

エルカ

うん、ソルが飲み物みたいに一気に食べちゃったの。プリンは飲み物なんだって、知らなかった。私、スプーンで食べてたから

グラン

幸せそうだったか?

エルカ

うん、幸せそうだったよ

 あんな幸せそうな顔を見たら、自分のプリンをあげてしまったのだ。


 エルカ自身がプリンを食べることは出来なかった。それは残念だとは思うけれど、後悔はしていない。

 いつも怒っている彼が、笑っている姿を見られるのなら。

グラン

じじぃは孫娘の妄想に耳を傾けるよ。お前の妄想は甘美だからな、ほら、絵本を見せておくれ

エルカ

むー……これは試作品。執筆中だから内容が変わるかもしれないからね。内容は誰にもナイショだよ

 エルカは書きかけの物語を祖父に渡す。

 どれどれと、祖父は物語を読み始めた。


あるところに みどりに 
あいされた国が ありました


そこは 
みどりの草のカーペットと
青い空に みまもられた 
とても へいわな国です

国の まんなかには 
大きな おしろが 
ありました


そのおしろには 
男の子が 住んでいました

この国の 王子さまです



王子さまは、
すぐにプンプンと おこります


王子さまは、
いつも イライラ 
しています


だけど、どうして、
なににたいして
イライラしているのかが 
わからなかったのです




おしろの 人たちはみんな 
こまっていました


王子さまも、
こまっていました

王子さまは ほんとうは、
おこりたくなかったのです




だけど、
どうすれば良いのか……
わからないから、


わからないことに、
毎日 イライラしていました

王子さまが おこれば、
まわりの人たちが こまることは 

王子さまも 分かっています

じゃあ、どうすれば良いのかな

そんなことを 
かんがえているうちに、


王子さまは 
まいごになってしまいました


おしろの ちかくの森で、
いつもの さんぽでした

そして 迷子になってしまいました

なぜ、道にまようんだ!

おこりたくても だれもいません 
だれも きいてくれません


それが かなしくて 
くやしくて 

王子さまは 
バタバタと 
足を ならします

どうしたの?

そう言ってあらわれたのは 
知らない 女の子でした


いかりを ぶつけるなら 
だれでも よかったのです


王子さまは だれかに 
じぶんのいかりを
伝えたかったのです

道にまよったではないか、どうしてくれる?!

わたしにおこっても いみないでしょう

それは いつもと 
ちがうはんのうでした

おしろの人たちは 
王子さまが おこると 
あやまります


だけど、この女の子は 
あやまりませんでした

……そ、そうだな

とうぜんです 
女の子には 
あやまる りゆうなんて 
ないのですから

それは王子さまも
わかっていました



そんなときでした

グ―グーグー


王子さまの おなかが
なきました

王子さまは ビックリして
 おなかをおさえます

だけど おなかは
なきやんでくれません


女の子は 言いました。

フフフ、こころが ないているのね。わたしは、まほうつかいなの。
あなたの心をげんきにするわ

こころを?

おなかも、こころもまんぷくにしてあげる

女の子の手には
杖がありました

女の子は それを
クルクルと回しました

そして、ふしぎなうたを
うたいました

プルリンプルリンプリリリリリン
プルンプルンプリン

おいでませ、プ・リ・ン

女の子の 杖の先っぽが
光りました

すると プルプルとした
プリンが 目のまえに
あらわれました

これは?

王子さまは はじめて見る
食べモノから 目が はなせません

プリンという 食べモノの
なまえは 知っていました

ですが、食べたことが
 ありません

これは、ホントに
 食べモノなのでしょうか

王子さまには
 わかりません

食べてごらん、げんきになれるよ

女の子が 言いました。
食べモノのようです

王子さまは、
びくびくと 口に入れます

………

……どう?

うまい!!

でしょ!

王子さまは プリンを
 ペロリと 食べきってしまいました

元気になった、王子さまは
その日は 元気に
 おしろに かえりました。


王子さまは
プリンが
大好きになりました

王子さまの プリン好きは
くにじゅうに 広まりました


毎日のように
 プリンが とどけられました

いまも 王子さまは
 すぐに怒ります


ふきげんになります
だけど、
おしろの みんなが……

王子さま、プリンですよ

と、言うと
 えがおになれました

おこっていたことも
 わすれて

おいしそうに
 プリンを たべます


そんな彼を
 みんなは プリン王子
と よぶようになりました


プリン王子は
プリンを 食べることが
 できればしあわせでした

第1幕ー22 プリン王子のものがたり

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