21 プリンを食べて
21 プリンを食べて
応接間で王子は不貞腐れていた。
自分の物語なのに、何も出来ないことがもどかしいのだろう。
自分の意思では何もできない。自分が今まで何をしていて、これから何をすべきかもわからない。
わからないことが不愉快だ。その怒りをぶつけようにも、どこにぶつければ良いのかわからない。
・・・
ピリピリとした空気が伝わって来たのでエルカは小さく息を飲む。
しかし、ここまで来て逃げるわけにはいかない。ソルと一緒に元の場所に帰るのだから。ここでエルカが足を止めたら、ソルも閉じ込められたまま。
それを思い出して深呼吸して前に進む。
そして、無言で近付いて、持ってきた本を彼の前に差し出す。
………
エルカ?
エルカは目を見開いた王子の前で本を開いた。
そこにはプルプルとしたプリンの写真。
この中は図書棺と同じ、これを開けばプリンが出てくるのよね
はい
じゃあ、やってみるね……私、美味しいプリンを食べたことがあるから上手く想像できるよ
エルカは目を閉ざして、写真と同じプリンを想像する。
そして、幼い頃に兄が作ってくれたプリンを思い出す。
甘くて美味しそうなプリン。
プルプルとしている。
ほろ苦そうなカラメルソース。
甘ったるい匂いが溢れる。
そんなことを考えてから目を見開く。
視線の先ににプルプルのプリンが現れた。
予定通りのプリンの姿にエルカは満足そうに微笑む。
そして、皿にのせられたプリンに熱い視線を向ける者がいた。
……
王子だった……先ほどの不機嫌な表情は消えている。
エルカは少しだけ不安だったのだ。
これはエルカが美味しいものだと想像して召喚したもの。この王子にとって、美味しいものかはわからない。エルカの美味しいと、王子の美味しいは同じものとは限らない。
だから、おそるおそる王子の前に差し出す。
………こ、これで、どうかな?
おおお
おおおおおおおおおおおお
王子は飛びついてプリンを口に放り込む。
無我夢中でプリンをすくい、どんどん口に放り込んでいく。エルカはそのスピードに驚きながらも、追加のプリンを召喚させた。
次々とプリンを頬張る王子は止まらない。
………プリン王子がプリンを食べる、まさに共食いだな
遅れて入ってきたナイトが彼に聞こえない程の小声で呟いた。
本人の耳に入ったら、ケンカになりそうなので視線で制するとナイトはニヤニヤと笑う。
どうやら、王子の耳には届いてなかったらしい。
彼はプリンしか見えていないようだった。
おお、何て美味しいプリンなのですか。艶っぽい見た目が美しいです、舌触りが滑らか、そして口の中でとろける甘さ……何ということだ
彼は子供のような、いや女の子のように、うっとりと目を細めている。
その様子を、観察しているとスプーンを持つ手がピタリと止まった。
そして、エルカとナイトを交互に見やる。
ふ、二人とも、そんなに見ないでください。折角の美味しいプリンが不味くなります
そう言われても……
じゃあ……な、何ですか。エルカ、ボクに恋をしても無駄ですよ
それは、ないない
否定するの早っ?
…………今、美味しいって言ったよね
エルカの言葉に王子は顔を赤らめた。
そして、思い人を言い当てられて気恥ずかしくて仕方がない乙女のように目を反らす。
ようやく、自分の行動を思い返したらしい。
艶っぽいとか……言っていたよな
そ、それは美味しいという意味で言ったわけで……はい、美味しいです……このプリン
美味しいのか? 王子の口に合ったってことか
はい。プリンでしたら幾らでも食べますよ
美味しいから、たくさん食べたんだよね
しつこいですよ。二人とも……このプリンは美味しいです
ありがとう。王子の口から美味しいって感想が出るかが心配だったの
そんなことを心配していたのですか?
それと、機嫌も良くなったよな
あ、そういえば……ボクは……あんなにイライラしていたのに
ナイトに言われて王子は自分の胸に手を当ててみる。
噴出しそうになっていた怒りはどこかに消えていた。
その代わりに、幸福感が胸に溢れている。
イライラしていた王子さまは、プリンを食べて機嫌を直す………うん、少しだけど物語を思い出せそうだよ
それは、良かったです。それと、エルカ……
何?
もっと、プリンを出してください
おいおい、どれだけ食べるんだよ
食べすぎだよね……でも、それが私が描いた物語のプリン王子なんだよ
仕方ないな、俺も召喚手伝ってやるよ
うん、お願いね
その後、エルカとナイト二人がかりでプリンを召喚し続けた。
王子がどれぐらいの量のプリンを食べたのかを二人は把握していなかった。
五十個ぐらいまでは数えていたが、それ以上は数える気が失せてしまったのだ。
食べ続ける王子を見る二人の表情は、やや呆れ顔を浮かべていた。
しかし、プリンを食べ続ける王子はずっと笑顔のまま。
王子に睡魔が訪れるまで、王子の為だけのプリンパーティーは続いていた。