15 プリン王子の理由(わけ)

 すっかり機嫌を直した王子は、腰に手を立てて花畑の中で仁王立ちをしていた。
 
 エルカは小さく深呼吸をしてから、王子に視線を向ける。

エルカ

その主人公に……質問だよ

王子

はい?

 エルカの真剣な表情に気が付いた王子は、ピンと背筋を伸ばして彼女を見る。

エルカ

……どうして私は主人公の名前を、プリン王子にしたの?

王子

え?

エルカ

王子はどうして、プリンになったの?

王子

すみません、ボクにもそれはわからないのですよ。ボクは貴女によって動かされるだけの存在。図書棺については答えられます、しかしこの物語については貴女しか答えられません

 王子の次の行動は、エルカが与えなければならない。

 主人公である彼は、これから自分が何をするのかわからない。

 もちろん、これまで自分が何をしたのかも。

エルカ

それは、厄介だね。私が指し示さなければ動けないなんて……ナイトはどう思う? 部外者の貴方の意見を参考にしたいの

ナイト

プリン王子の理由、それは……プリンが好きだから? じゃないのかな

エルカ

そんな簡単な理由なの?

ナイト

幼い君の思考回路だからな。プリンが好きなプリン王子

エルカ

そうだね、プリンが好きだから、貴方はプリン王子と呼ばれることになった。多分、それで合っている。でも、どうしてプリンが好きになったのか……物語は、そこから始まると思うの。それが思い出せない

 これは、プリンが好きでプリン王子と呼ばれるようになった王子の物語。そこまでは、エルカも思い出せている。


 だけど。それだけだった。

 内容は思い出せない。

 王子はいつ、王子はどこで、王子は何かと、王子は何かをした。

 そして、彼はプリン王子と呼ばれるようになる。
 大事なピースがはまらないもどかしさに、首を捻るエルカ。


 そんな少女にナイトが笑みを向ける。

ナイト

質問してもいいかな?

エルカ

いいよ

ナイト

彼はどうしてプリンが好きなのかな?

エルカ

どうして………って、それを思い出そうとしているんだよ

ナイト

それじゃあ、どうしてだと思う? どうして、彼はプリンが好きなのか

エルカ

え?

ナイト

思い出すのではなく、考えてごらんよ。君、自分で言ったよね。登場人物から物語を想像するって。今、エルカの目の前にある情報は、彼だけだ。彼を見て、そこから考える

エルカ

でも、考えるためには……まだ情報が少ないよ………

 エルカは目を閉じながら記憶を掘り起こす。

 幼い少女は、何を思ってプリン王子を生み出したのだろうか、

 
 

 考える、  



 考える、

 思い出す、



 真っ暗な靄に阻まれて何も思い出せない。

 それもそのはず……

エルカ

………ダメだよ。今の私って、記憶が抜けていたんだ。覚えていないと、情報が思い出せないと考えることもできないなんて……不便だね

ナイト

エルカ……思い出すのではなくて、考えるんだよ。今のエルカは幼い頃の気持ちを思い出せない。それなら、今のエルカの気持ちで

エルカ

それは、理解しているのだけど……今の私なら……って考えているのだけど。その為には過去の情報が必要だから

 頭の中では砂嵐が起きていた。


 エルカがその先を見れないように。

 

 無理に覗こうとすれば、黒い砂嵐が勢いを増す。

 見たいのに、見えない。

 近づきたいのに、近づけない。

 思い出そうとすれば、頭痛が起こる。

 ふらついた身体をナイトが支えた。

ナイト

……大丈夫か?

エルカ

ごめんなさい……やっぱり思い出せなくて……

ナイト

ごめん、少し無理させたな

エルカ

違うよ、私が上手く思い出せないだけで……違う、考えようとすれば、過去を思い出そうとしてしまう……そうすると頭が痛くなって

ナイト

無理はしなくても良いよ。急がなくても良いんだ。そうだろ? お前の物語は今すぐ完結しなければならないものじゃない

 ナイトは呆然とする王子を見やる。

 それまで、他のことを考えていたのかハッとして顔を上げると小さく頷いてみせた。

王子

……………は、はい、もちろん

ナイト

しっかりしろよ、主人公がぼんやりしてるなって

王子

すみません………エルカ、そこに僕のお城があります。城の中を歩き回っても良いですよ。小さいですが図書室もあります。本を読めば、何かきっかけが見つかるかもしれません

エルカ

本?

王子

はい、本です。ボクには理解できませんが好きなのですよね

エルカ

もちろん。大好きだよ……実は本が読めなくて……禁断症状になっていたから

 本、と聞いたエルカが目を輝かせる。

 先ほどまで顔色が悪かったというのに、目をキラキラとさせて王子を見上げた。

 その表情の変わりように、王子もナイトも呆れたように笑う。

 読書に浸ること、それこそがエルカにとっての癒しであり休息で特効薬だ。

エルカ

ここで本を読むことは可能なの?

王子

はい、もちろん

エルカ

それを早く教えてよ

王子

すみません……ただし図書棺ではないので、現実に存在する本しかありません。料理の本は図書棺のものと同様に念じれば本物を呼び出すことが可能です

エルカ

本は現実、料理本は魔法のもの……とても都合が良い設定ね。でも安心した。食生活は少し心配だったんだよね

 エルカは料理が苦手だ。
 この世界で生きるということは、食事も現地調達ということになる。

 最大の難関はとりあえず除外されたようだ。
 エルカの顔色が良くなったことを確認した王子は視線をナイトに向ける。

 王子はナイトに対して「睨む」以外の視線を向けることが出来ない。
 それを受け取るナイトも、やはり「飄々とした表情」のまま

王子

ところで、ナイトは何をするのですか?

ナイト

厨房を見せてくれないか?

王子

なぜ、ですか?

ナイト

この世界で出来ることを確認したい。ああ、俺の特技は料理だからな

エルカ

料理が得意なの? どんなものが作れるの?

ナイト

何でも作れるよ……ここでは召喚することで料理が出てくるけど。料理を作ることができるのかを確認したいんだ

王子

それは、ナイトの目的の為ですか? エルカの目的の為ですか?

ナイト

両方だよ

王子

わかりました。厨房は自由に使って構いません

ナイト

恩に着るよ、王子

王子

貴方の為ではありません。エルカの為ですからね

ナイト

ああ、わかっているよ。俺だって、彼女の為の行動しかサポートするつもりはない

王子

では、行きましょうか


 王子はナイトに対し不服そうな表情を浮かべたあと、先導して歩き出した。

第1幕ー15 プリン王子の理由(わけ)

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