14 役立たずの王子様

 エルカは空を見上げていた。

 目覚めたときと変わらない青い空が目に映る。ゆらゆらとした雲の流れは、エルカの心の揺らぎを現しているかのようにも見えた。

 その雲はどれも似たような形をしていた。

 どうやら、同じ雲が何度も頭上を行き交っているらしい。

 それに、気が付くと驚きよりも諦めに似た感情が沸き上がる。





 ここで目覚めてから、どれぐらい時間が過ぎたのだろう。

 エルカには、それを計る手段はなかった。
 本物の空ならば時間の経過に応じて空はその色を変える。


 しかし、この空は幼いエルカが思い描いた空だ。
 何時間ここに留まろうと、その色を変えることはないのだ。

王子

それで、何奴ですか?

 挑発的な王子の声が聞こえたので、エルカは見上げていた視線を下ろす。

 王子はナイトと対峙していた。

 その攻撃的な視線に対するナイトの表情は変わらない。
 飄々としていて、底の見えない笑み。



 それが余計に王子を苛々させるのだろう。
 眉間のシワが更に深く刻まれる。

 そんな王子にナイトは苦笑を投げかけると、恭しく頭を下げた。

 それは、実にわざとらしい笑みだった。

ナイト

俺は探し物があって、この本にお邪魔しているんだよ

王子

何でボクの本に? 部外者は入ることができませんよ

エルカ

……確かに、ナイトはどうやって来たの? ごめんなさい、貴方を疑っているわけではないのだけど

 王子の疑問はそのまま、エルカの疑問だった。

 エルカは物語の持ち主で、王子は主人公、では……ナイトは何だろうか。

ナイト

ああ、俺はこの物語とは無関係の存在だ。まぁ、図書棺の関係者ってところだな。そして、図書棺の案内人からの許可を得てここにいる

エルカ

案内人の許可を得たら、どの本にでも入れちゃうの?

ナイト

誰もがそうではないよ。今回は特例でお邪魔しているんだ

王子

そんなこと聞いていませんよ

ナイト

……お前と俺とは別の理由で図書棺に関わっているからな。知るはずもない

王子

貴方のような存在がいると物語が乱れます。帰ってください!

ナイト

乱れはしないさ……俺は部外者なのだから、物語に深く干渉できない

王子

つまり貴方はボクの物語にとっての異物。そのような男がいては、物語を始められません。帰ってください

ナイト

異物って酷いな………確かに登場人物ではないが

王子

はやく、探し物を早く回収して立ち去ってください

ナイト

……それが、出来れば良いのだけどな

エルカ

じゃあ……私、手伝うよ。ナイトの探し物

 二人の間に漂う空気がピリピリとしたものに変わっていく。

 火花のようなものが、バチバチと散らされているような気がする。

 エルカはナイトの腕を掴むと、おずおずと上目遣いで彼を見た。

ナイト

さっきも言ったけど、俺がエルカの手伝いをしてやるよ。エルカには俺を手伝うなんて余裕はないだろ? それに、これは俺の目的の為でもあるんだ

エルカ

ナイトの目的って、探し物のこと?

ナイト

ああ………おそらく、この主人公の物語が動かなければ意味がない。俺の探しているものも見つからないと思う。だから、これは俺の目的の為に必要なことだ

エルカ

……その言葉に甘えるね。ありがとう……大人がいると心強いよ。少しだけ、色々と不安だったの。その不安が柔らかくなったよ

 ナイトの申し出は有難かった。

 エルカは心の奥で安堵する。

 どうして、安心しているのだろうかは分からないが、彼が一緒にいるというだけで安心できた。

ナイト

困っているときはお互い様だ?

エルカ

そうだよね。だから、ナイトの探しものも手伝うから、何かあったら言ってね。あまり役に立たないけど。私なりに手伝いたいし、そうしないと申し訳なくて

ナイト

ああ 頼りにしているよ

王子

エルカ……こんな得体の知れない男の協力は不要ですよ

エルカ

得体の知れないのは、私も王子も全員同じだと思うよ

 エルカも自分が何者か分からなかった。

 物語の主人公だという、この王子だって得体の知れない存在なのだ。

 自分たちは、完全な信頼で繋がってはいけない関係にある。

 物語を終わらせるという目的が自分たちを繋いでいる。

王子

それは、そうですが……

エルカ

ナイトは知識も体力も頼りになれそうだけど……そういえば、王子には何か出来るの?

王子

………何もできません、だって王子ですから

エルカ

!!!

 誇らしげにそう胸を張る王子にエルカは絶望的な視線を向けた。

 微笑みもなく、睨むわけでもなく、無表情の視線を。

 その視線を受けた王子が首を傾げる。

エルカ

……力仕事もできないの?

王子

力仕事? なぜ、王子であるボクがそんな野蛮なことを

エルカ

前に読んだ本に書いてあったけど、こういう人って

エルカ

……役立たずって言うんだって

王子

………

 少女から満面の笑みでそんなことを言われた王子は、青ざめたままその場にへたり込んでしまった。


 カボチャパンツの王子様が膝を抱えて座っていた。

 俯いた表情には、悲壮が浮かんでいる。

 いつの間にか、彼の頭上だけ暗雲が浮かんでいた。




 役立たずと告げられたことが、余程ショックだったのだろう。

 しかし、主人公に落ち込まれては物語を始めることができなかった。

 どうしたものかと、エルカが思案していると、傍らのナイトが耳打ちする。

ナイト

エルカ、忘れているだろうけど……この王子様を想像したのは幼い君だよ

エルカ

………考えないようにしていたけど、そうなんだよね

 タイトルも思い出せかった。

 どんな物語かなんて覚えていなかった。

 わかっていることは、この色鮮やかな世界が舞台であることと、少しワガママな プリン王子が主人公であること。

 そして、この王子を想像したのは、幼い頃のエルカだった。

エルカ

……ごめんなさい、王子

 エルカは、ゆっくりと王子に歩み寄る。

 物語を始めるには、王子を立ち上がらせなければならなかった。

 エルカに気づいた王子は傷だらけのナイフのような気配を投げてくる。

王子

どうせ、ボクは役立たずですよ

エルカ

うん、私が決めたことだものね。でも、役立たずっていうのは言い過ぎた。貴方には主人公を貫くという役目があるのに

王子

全く、その通りです! ボクをもっと敬うべきです

 王子は憤慨しながら立ち上がる。

 彼の頭上の暗雲はどこかに消えていた。

第1幕ー14 役立たずの王子さま

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