10 本を探そう
10 本を探そう
少年が持って来てくれた本は一夜で読み終えてしまった。
物足りなさを感じたエルカは自分の足で本を探しに歩き回っていた。
自由に歩き回っても良いと言われたから、この数日間は気になる本を手当たりしだい読んでいたのだ。
この図書棺に時間という概念はないらしい。
好きなときに寝て、好きなときに起きる。
泊まる部屋は用意されていないので、エルカは各部屋のソファーで眠っていた。
エルカが本を読みながら眠ってしまうので、ソルは呆れ顔を浮かべながら側の床に転がって寝ていた。
やっぱり本は良いね
物好きだよな。オレは開きたくもないのに……
ソルは読まないの?
文字を読むと眠くなるんだよ
絵本は?
絵本も文字があるだろ……じゃあ、オレは寝るから
うん
ソルもやることがないからだろうか、いつもエルカの後ろをついてくる。
そして、エルカが本を読み終わるまで、本棚の横で眠っていた。
図書棺の中は、過ごしやすい室温で保たれていた。
ソルが昼寝してしまうのも仕方ない。
……ソル……起きて
うん?
うたた寝をしていたソルをゆすり起こす。
ソルは寝ぼけ眼をパチパチとさせながら身を起こした。
もう少し寝かせろよ
…………寝ていても良いけど。別の部屋に行くときは声をかけろって言ったのはソルだから
勝手に一人で行動するなと言ったのはソルだった。
だから、エルカは移動するときは、仕方なく彼を起こすのだ。
そうだったな……どうしたんだ? お前だったら、もっと長時間読んでいただろ? 飽きたのか……
さっきの本は最後まで読んだよ
もう少し、ゆっくり読んでも良いのにな
ソルはファァァっと長い欠伸をする。
エルカはソファーで寝ているけれど、彼はいつも冷たくて固い床の上で寝ている。
まともに眠れていないのだろう。
読みやすかったの。それで………そろそろ、探そうって思ったの
あいつが主役の物語?
うん。もちろん他の本も読んでみたいよ。だけど、寝る場所や食べ物を提供されているのに何もしないのは申し訳ないよ
じゃ、オレも探すか
その為について来ていたんでしょ?
まぁな。お前だけにやらせて、オレが昼寝していたら……あのコレットとかいうのに怒られそうだからさ
ソルって、怒られるのが嫌だから探すの?
……当たり前だろ
じゃあ、怒られないように頑張らないとだね
そうだな
二人は彼のイメージに合いそうなタイトルの本を探す。
だけど、どれもピンとこない。
王子様のような容姿なのだから絵本だろうか、もしくはファンタジー。
二人が訪れていたのは児童書が並ぶ書棚の部屋だった。
この、霧の王子とかは?
霧の王子って、勇敢な王子様がお姫様を助ける話だよね。彼は霧の王子には見えないよ。霧の王子はカボチャパンツなんて履かないもの
霧の王子は、すらりとした十頭身の身体と、黒髪に切れ長の碧眼を持つ王子様だ。
カボチャパンツの彼とは似ても似つかない。
王子って生き物は誰でも似合うんじゃないか
イケメンは何着ても似合うでしょうけど、霧の王子にカボチャパンツはダメ
そうなのか
霧の王子は黒髪で長身なの、そしてクールな性格なんだよ。イメージに合わない
そういうものか。じゃあ……マロン国物語
勇敢な王女様が他国のお姫様と恋に落ちる話で、王子様は出てこないよ。すごい、十作目まであるんだ
女の子同士の恋の話は斬新だった。
一部の男の子や女の子の間で大人気となったシリーズ。
エルカは一作目しか読んだことがなかった。
女の子同士の恋の話は公序良俗に反するとかで、一部の本屋や図書館には置かれていない。そんな幻のシリーズだ。
そっか………それっぽいタイトルで選んだけど難しいな。あいつは、マロン国じゃなくて、カボチャの国か
いや、カボチャの国じゃなくて、ただカボチャパンツを履いているだけだよ
あー、難しい
難しいよね
実在する絵本や児童文学の主人公かと思っていたが、そうではないようだ。
次に空想の物語の棚が並ぶフロアに足を踏み入れた。
ここは自由には読めない本棚。
まずはタイトルだけで推測しようと、エルカは棚に沿って歩いた。
ソルもそれを追いかける。
静寂にコツコツという二人分の足音が反響する。
あ…
…れ?
エルカは、その棚の前で足を止める。
その棚だけが、違って見えた。
その棚の前だけ、ひんやりとした空気が流れる。
(寒い………)
過ごしやすい室温が保たれているはずなのに、
そこだけが、やたらに寒く感じた。
(……?)
エルカは離れようと思った。
だが、身体が動かなかった。
視線がゆっくりと、上に向けられる。
上を見なければならない、そんな気がしたからだ。
その中の一冊の本だけが気になった。
あの本だけが、
違 う
……そう思った。
吸い寄せられるように、それに手を伸ばす。
(遠い……)
高いところにあったので、背伸びをして、手を伸ばして……
(……とれた)
絵本を手に取った。
まるで凍っていたかのような冷たい本だった。
表紙には子供が描いたようなイラスト。
これは、きっと誰かが描いた物語なのだろう。
ラクガキにも見える表紙に口元が綻ぶ。
エルカ?
ソルの声が遠くに聞こえた。
だけど、エルカはその声に振り返ることはしなかった。
そのページを開く、瞬く間に物語が始まった。