この場所からは冒険者区の賑わいが目に飛び込んでくる。少し肌寒い夜風は、酒を覚ますには調度良く、近くにある街灯はほどよく二人の姿を照らしていた。


 ハルの顔を隣から見上げたメナが、なんだか嬉しそうにして話し掛ける。

メナ

コフィンさんって
ほんとに呪いのアイテムが
好きなのね。

ハル

あれが始まると
只でさえ長いコフィンの話が
さらに長くなるんす。

メナ

アハハ。
相当聞かされてるのね。

ハル

これの時は
もっと長くて大変だったっすよ。

 ハルは自身が装備している呪いのアイテム『僻地駐屯兵の憂鬱』と『僻地駐屯兵の放心』をメナに見せた。メナは見るに耐えない外見のその装備品を確認し、上半身を仰け反らせた。

 そしてそのアイテムによる影響、『稀に脱力を起こす』と『視覚能力に変化が起きる』というのをハルから聞き、心配そうにハルの顔を窺ってみせた。

メナ

脱力するって、そんなの
迷宮でなっちゃったら
大変じゃない。
ドルサックで解呪するのは……
多分ガロン足らないよね。

ハル

大丈夫大丈夫。
前なんて超おっきい魔物の前で
脱力したっすけど、
寧ろそのおかげで勝てたんすよ。

メナ

ほんとに大丈夫~?
無理しちゃ駄目だよ。

 メナの心配を余所に、ハルはゲラゲラ笑ってみせている。呪いなんてろくでもないものを抱えていながら笑い飛ばすハルを目の前にし、メナの方が飽きれるほど脱力してしまった。

メナ

それにしても随分経ったね、
ディープスに来て…………

 脱力したせいか、メナが思い出すように言葉を漏らす。

 二人がそれぞれの故郷を出て、両親の行方を追いこのディープスにやって来た。別々のパーティになってしまったが、色んな仲間と出会い成長しここに居る。夜の風景は、何故だかそんな経緯を思い出させた。

ハル

絶対に見付かるっすよ。

 普通は諦めてしまってもしょうがない程の、昔話……。それに冒険者として今も生きているのだったら、見付かっていてもおかしくない。もう死んでしまっている可能性が高いと考える方が自然だ。



 だけどハルは信じた。そしてメナにも大丈夫だとはっきりとした口調で伝えた。






 肌寒い夜風が少し強くなった。街灯の暖かさよりも夜風の寒さの方が増し、メナは少し身震いさせた。

ハル

あれ?

 ハルの視界が突然明るくなり、夜景どころか隣にいるはずのメナも見えなくなる。首を振り周囲を見渡そうとしても何も見えないほど明るい。流石のハルもパニック気味になってしまった。



 ハルに何が起こっているのかすらも分からないメナは、不安そうにハルの顔色を覗き込んだ。

ハル

な、何も見えないっす。

メナ

えっ!?

 きっとさっき話した呪いの影響――そうすぐに思い出したメナだが、何も出来る事がなかった。

メナ

こんな事って……
コフィンさんにお話しして……

 その時、夜風が強く吹き付け、視界を奪われていたハルはよろけてしまう。

 ハルはメナの胸元に飛び込んでしまい、メナはそれを受け止める。ハルは目が見えない不安感の中にいるのも関わらず、これまでに感じた事がないほどの安心感を胸に抱いていた。メナに抱かれている温かみと軟らかさ、それにいつかメナのベッドで寝たあの時の良い香りを今も感じ取ったからだ。

メナ

あ!?
えっ!?
は……はゎゎぁぁ

 周囲から見れば恋人たちが抱き合っているようにしか見えない状況に、メナが顔を真っ赤に染める。



 偶然、誰も居ない状況だったが、メナは身体が自分のものではないかのように動かすことが出来ないでいる。そしてハルの温かさを胸元に感じていた。ドキドキと高鳴る内からの鼓動は、加速度的に速まっていく。

ハル

 ハルの視界は戻った。

 僅か10秒ほどだったが、おそらくは呪いの影響で視界が奪われたのは間違いないだろう。今はもうメナの胸元から離れ、景色をグルグルと見回している。

メナ

ぁ……
っは!?

 顔を赤らめたメナは、もう何か面白い事を体験したとはしゃいでいるハルから顔を背け、必死に赤面を解こうとかぶりを振った。

ハル

いやぁ~
何だか凄い体験をしたっす。
何も見えなくって
ペクンタの乳を被ったみたいに
真っ白だったっすよ。

 視界を奪われる状態をも楽しむハルを見て、メナは少し可笑しくなって笑ってしまった。そして何か暖かい思いが胸を包み、先程のハルの言葉に返事をした。

メナ

そうだね。
絶対に見付かるよね。

 まだメナの心臓はドキドキと高鳴っていたが、自分達の目的の達成を、盲目的と言えるほどに信じてみせた。


 そしてハルが訓練場を出た時の事を思い出していた。

メナ

ハルが訓練場を出た時、
私は強くなるって決めた。
守られるんじゃなくて
ハルを守れるくらいにって。

ハル

そうっす。
ずっと待ってるって
言ったっすよね。

メナ

でもそれはまだ途中で、
まだまだ皆のお荷物で……

ハル

メナなら大丈夫っす!
自分が一番メナの強さを
知ってるっすから。

メナ

うん。
ハルなら
そう言ってくれると思ってた。

 そう言ってメナは空に瞬く星の光に目を移し、言葉を続けた。

メナ

私ね、
ハルと離れて行動しているけど
正直全然不安でも何でもないの。
村に居た頃ならきっと
不安で押し潰れそうに
なっていたと思うけど、
本当に平気なんだ。

 無数とも言える星は、チカチカと瞬いて二人の頭上を埋め尽くしている。肌寒い夜風はまだ吹いていたが、それが星の輝きを一層美しくさせているようだった。



 ハルは優しい眼差しでメナを見守り、次の言葉を待っていた。

いつも心の中にハルが居るの。
どんな時だって笑ってるハルが、
大丈夫って…………

どんなにつらくたって
いつか絶対に報われるって。

だから大丈夫。
どんなに離れてたって
私は不安に感じたりしない。
いつだって弱い自分に
負けたりしない。

いつでもどこにいても
ハルの事忘れてないから。

 満面の笑みをハルに向けるメナは、星の輝きにも負けていなかった。出会った頃と変わらぬメナの輝きは、ハルの目に焼き付いて離れなかった。

 ~諷章~     166、いつでも傍に

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