「お前が二人を殺したも同然だ」
「お前が二人を殺したも同然だ」
私が…………
二人を……
リアの脳裏に、失ってしまった家族の顔が蘇った。
家族の幸せを奪ったギダへの復讐を誓い、ディープスに居るギダに負けぬよう、冒険者になり力をつけてきた。大切な家族を奪われた仇を、憎き仇を見付け報復する。それだけを生き甲斐に腕を磨いた。
ガーナッシュからの言葉は、その仇への感情と同一に感じてしまった。自分がギダに向けている恨みに似た感情を、今、自分が他人から受けているのだ。
ガーナッシュが出した答えは、悲しみの余りに偏った考え方によるところが多い。それは誰が聞いても分かる事だが、リアからすれば完全に否定出来るものでもなかった。
安全策で帰還しようとするリーダーに反発し先を急いだ。強敵に出会ったのは偶然かもしれないが、結果、二人の死者を出してしまったのだ。それは紛れもない事実だ。
つまりそれは、リアにとって恨まれてもしょうがない現実だった。
お前みたいな奴が
生き残っているのは許せん。
ガーナッシュはゲイドウィンに刺さった鎌を静かに抜き取り脇に捨てた。そして立ち上がりリアに正対する。利き手には恐ろしく切れ味の良さそうな長剣が抜剣されていた。
やめな。
あの二人が死んだのは
ただ弱かっただけだ。
それに覚悟ぐらいしてただろう。
今、リアに当たり散らすのは
その覚悟に失礼だぜ。
黙れっ!
ガーナッシュを止めようと、デメルが前に進む。リアは現実を受け止め切られず、棒立ち状態だ。今、デメルがガーナッシュを抑えようとしていなければ、あっという間に切られていたかもしれない。
私が、ギダと同じ……
それなら私に
生きる価値なんてあるの?
そもそも私が生き残ったのが
悪いんじゃあ……
あの時、家族と共に。
もしくはここで、私が死ぬべき
だったんじゃあないの?
やめろ。落ち着け。
許さん、許さんぞ。
ギダを殺して
無念を晴らしたところで
何も変わりはしない。
そればかりか無理に
周りを巻き込んで
不幸にするだけ……
私は一体何をして……
デメルに制止させられていたガーナッシュは、瞬時にその腕を振り払い押しのけ、無防備のリアに突進していく。
あああああ……
早く死にやがれ!
何で……
リアのすぐ傍には先程倒したと思われた魔物が近づいて来ていた。確かにヴィタメールがトドメを刺していたのにも関わらずだ。そしてそれに気付いたガーナッシュが、リアを九死に一生のタイミングで助けたのだ。
ゥグッ、
構えろ……
次は助けれんぞ。
ガーナッシュの脇腹からは多量の出血が確認出来る。リアを守る為に負った傷だ。なぜここにまだあの魔物がいるのか分からないが、間違いなくガーナッシュはリアを助けたのだ。ガーナッシュは刺し違えた形で力なく地面に倒れた。
いい加減にしやがれ!
この鎌野郎!
デメルとヴィタメールが魔物に対峙する。
リアはガーナッシュの傷口を直ぐに確認した。尋常でない出血は深く広い切り傷だった。
俺は助からん。
あっちを手伝ってやれ。
諦めないで!
まだ分からないわ!
自分の事だ……
誰よりも、分かる。
それより……
分かったからもう
喋んないで!!
ゥグ……
先ほどゲイドウィンを助けようとした時、リアの水薬はゲイドウィンにぶん捕られた。それをどこに持っているのか分からずリアは焦っていた。目の前の助かるかもしれない命を又、失ってしまうかもしれないからだ。
ガーナッシュは死の間際にありながら、残りの力でリアに話し掛けていた。それが心配でリアも大声を張り上げていた。
今迄、どのパーティに居てもリアは感情を殆ど出さず、淡々と地下迷宮に潜り腕を磨いてきた。ディープスに戻っても誰とも仲良くせず、一人ギダを探し続けていたのだ。家族を失った悲しみに溺れ、楽しい事など何もなくなった。それがリアだった。
今、久々に声を張り上げてリアは気付いた。もう誰も大切な人を失いたくない気持ちの裏返しだったのだと。人間関係を作ればその分、別れが辛くなる。それを無意識に抱え、心を冷たい壁で覆ったのだ。
デメルとヴィタメールは、双子の絶妙なコンビネーションで魔物を叩きのめしていた。どうやら、鎌自体が本体で、音もなく動いていたのは幻影だったようだ。タネが分かった後は、二人の敵ではなく、瞬く間に勝負は決していた。
終わったよ。
ガーナッシュは!?
早くあなた達の水薬を!!
リ……ア……
さっき、ぁ、すまん。
暴言、だった、
あ、謝る……
何をこんな時に。
そ、な表情もする……んだな。
その方が……いい、ぞ。
お、れたちの、ぶん、まで……
い、き……て…………
人間関係なんてなかった。
何一つとして相手の事を知らない。今回だけの仕事仲間。死ぬ事があったってそれはお互い覚悟の上で、どおってことのない日常なのだ。
そう思っていた仕事仲間の声は、迷宮の冷たい地面の上で静かに途切れた。