ハル

もしかして旦那達って
負けたっすか?

 ハルの声は、突然湧いてきた聞く者の疑問を代弁していた。

 ハルから順番に皆の顔を見て回るダナン。次の話を不安げに待つシェルナまで視線を移すと、再び語り始めた。

ギダ

くくく、もう積めないのかね。
まぁ小僧共にすれば、
よくやった方だ。
1800万ガロン、正直ここまで
用意してくるとは思わなかったが
それも全て私のものになる。

 かん高い笑い声が、プロチータのテーブルの周りに広がった。気分の悪いその笑い声をかき消したのは、ダナンを信じてずっと見守っていてくれたリアだった。

リア

私達はたとえ負けても
アンタなんかに屈しない。

 ギダは一度真顔に戻り、再度余裕の笑みを浮かべた。

ギダ

負けても屈しない?
小娘が世迷い言をほざきおる。

リア

私がこの場に来れたのは、
多くの仲間達のおかげ。
結果はどうあれ、
今は亡き家族と仲間の思いは
裏切れない!

ギダ

はぁ?
負けて借金漬けになりゃあ、
誰がどう見ても敗残者だろう。
つまり誰がどう見たって
私に屈するという事なのだよ。

リア

違う!
いくら騙されても、
いくら借金を背負っても、
家族が帰ってこなくても、
絶対に私は屈しない!

ギダ

ちっ、めんどくせえ。
お前の父親もそうだった。
負ける寸前になったら、
ゴチャゴチャと言い……



チャリーン!

 ギダの饒舌を遮ったのは、一人の観戦者。知り合いでもなく、話した事すらない中年の男だった。

1万ガロンだ。
私にはこれしか出せないが
使ってくれ。

 突然の部外者からの申し出に、全員驚いたのは当然と言えるだろう。

ギダ

1万とかそういう
レベルの話ではないのだ。
薄汚い庶民はさがっておれ!

 と終わるやいなや、又、全然知らない観戦者が前に進み出てきた。

どう見てもよぉ、
お姉さんに味方したくなるぜ。
この金は返してもらおうなんて
思っていねぇから
好きに使ってくれ。

 と3万ガロンをテーブルに置いた。リアは思いもよらないその行動に、驚きを隠せなかった。だが、本当に驚いたのはこの後の出来事だった。

 お互い1800と1900ものガロンを賭けた大勝負のギャラリーは、何十人も増えていた。その殆どが一斉にテーブルに駆け寄って来ていたからだ。





 そこからは雪崩のように観戦者がガロンを出す異様な光景だった。

2000しかねぇが、
ネェちゃんにのるぜ。

俺っちも、
あの髭野郎が気に食わねぇ。
使ってくれ。

あんたの誇り高い精神に1万!
その穢れなき気高い魂に
残り全部!!

俺ぁ~よお~、
この男にプロチータで
負けた事があるが、
もしかしてそれも
イカサマだったんじゃあ
ないだろうなぁ! ああん!
おかげさんで5000しか
ないが力貸すぜ!

 一人一人の金額はたかだかしれていたが、大勢の者が味方になってくれた。ギダの野郎はその計算不能に積みあがった小銭を見て、顎を震わせていた。

 おそらくギダもこれ以上のガロンの持ち合わせはなかったのだろう。今の100万ガロンの上乗せを上回れると自身の敗北を認めねばならないからだ。

ギダ

なんだこれは!?
部外者ばかりで話にならん!
無茶苦茶ではないか!
こんなものは無効だ!

!?

 テーブルの周りにガロンを置きにくる観客は、調子に乗って騒ぎ過ぎたと少し大人しくなる者もいた。確かにガロンがいくら集まっても、無効になってしまえば意味がないからだ。



 だが、そんなギダに反論したのは、力強い眼を宿したダナンだった。

ダナン

信頼があると金を預けてくれる。
そう言っていたのはギダ、
お前じゃないのか?
殆どの人達がここで
初めて会った人達ばかりだが、
リアに心を寄せてくれている。
ギダ、お前は黙って
リアに対しての信頼を見届けな。

 ギダは自分の言葉で自分の首を締めた事に気付き、下顎を歪ませながら言葉を飲んでいた。



 そしてその横で、集まったガロンをヴィタメールが数えていく。










 37、38……









 もはや観戦者ではなく賭けに参加した者達も、固唾を飲んで見守る。










 52、53……










 金貸しの男もゴードンも、無論ギダも必死の形相でそのカウントの結果を待つ。










 87万5千、6千、7千……









 もう1万ガロン硬貨は数え終わっている。










 92万3千500、92万4千……










 小銭はまだあるが、目算では偶然にも100万ガロンまでギリギリのようだ。



 リアとダナンの瞳には、勝利を確信した力強さがあった。デメルとヴィタメールに加え、縁もゆかりもない大勢の人が味方してくれた。全員の力を結集したのだ。正義はこちらにある。負けるはずがない。そう信じて疑わない二人の前で、ヴィタメールが最後の硬貨を読み終える。


 もう全員幾らか前で、結果は分かっていた。硬貨の金種とざっとした枚数。一枚一枚丁寧に読み終えたヴィタメールが言う前に、ギダが最終カウントを誰にでも聞こえる声で読み上げた。

ギダ

99万と
7千500。
私の勝ちだ。

 ~円章~     147、カウントダウン

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