……東野くん?

東野くん、だよね。隣のクラスの

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

……葵さん? どうして、ここに

葵(アオイ)さん

東野くんは、何をしているの?

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

ヒマワリを見ているんだよ

葵(アオイ)さん

え?  ヒマワリ?

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

そこにね、咲いているんだ

葵(アオイ)さん

………?

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

葵さんは、どうしてここに?

葵(アオイ)さん

そうだね、忘れ物を探しに来たの

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

忘れ物?

葵(アオイ)さん

うん

葵(アオイ)さん

そう……大切なものがここにあるはず

葵(アオイ)さん

だけど、私は思い出せないの

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

…………

葵さん、

葵 日向(アオイ ヒナタ)さんは
僕の幼馴染だった女の子。

そのことを彼女は一切覚えていない。




あの夏の日、

高波にさらわれた彼女は

奇跡的に助かった。

だけど、
家族以外の記憶を失ってしまった。





目の前で起きたことがショックで

僕も一時的な記憶喪失になっていた。





日向が助け出された後も、

僕は錯乱状態に陥って、

僕と日向は一緒に病院に運ばれたんだ。





目が覚めた僕は日向に謝りに

彼女の病室に走ったけど、




彼女は僕を覚えていなかった。


そして、
僕たちは他人になったんだ。



中学、高校、

僕たちは、
同じ学校に通っているけど

会話なんて殆どしていなかった。

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

えっと……大丈夫?

葵 日向(アオイ ヒナタ)

今は、何も思い出せない

葵(アオイ)さん

東野くんは、どうして

葵 日向(アオイ ヒナタ)

ここでヒマワリを見ているの?

葵 日向(アオイ ヒナタ)

ここに咲いているヒマワリ……私が撒いたんだよね? 五年前に太陽くんがそう言っていた

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

………ああ

葵 日向(アオイ ヒナタ)

五年前もそうだった。何の話をしているのか分からない

葵 日向(アオイ ヒナタ)

何言ってるの?って思ったよ

葵 日向(アオイ ヒナタ)

思い出せない、思い出せないはずだよね

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

…………

葵 日向(アオイ ヒナタ)

だって、ここに十二歳の私がいるんだもの

日向(ヒナタ)

………

葵 日向(アオイ ヒナタ)

十二歳の私が、十二年間の思い出を知っている私が、ここから動かないのだもの

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

葵さん?

葵 日向(アオイ ヒナタ)

私が思い出さないから、東野くんはここで私と会っている

葵 日向(アオイ ヒナタ)

東野くんが会いに来るから、十二歳の私はここから動かない

葵 日向(アオイ ヒナタ)

ねぇ、十二歳の私……私の中に戻って来てよ

日向(ヒナタ)

………………嫌だよ

日向(ヒナタ)

十七歳の私と一つになったら、私はもう太陽くんに微笑みかけて貰えない

日向(ヒナタ)

そんなのは嫌

日向(ヒナタ)

私は、十二歳の私にとって太陽くんが一番なんだよ

日向(ヒナタ)

だから、私は私を返さない

葵 日向(アオイ ヒナタ)

酷いよ、それは私の記憶なんだよ

葵 日向(アオイ ヒナタ)

返してよ

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

葵さん……怖くないの? あの日の記憶はきっと君を苦しめる

葵 日向(アオイ ヒナタ)

怖いよ、怖いって思ってる

葵 日向(アオイ ヒナタ)

でも、その怖い記憶を……パパやママや東野くんや、東野くんの家族の中にはあるんだよね?

葵 日向(アオイ ヒナタ)

私だけが知らないで、幸せに生きているなんて嫌

葵 日向(アオイ ヒナタ)

自分の中に大きな空白を抱えて生きていくことが耐えられない

葵 日向(アオイ ヒナタ)

だから、返してよ

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

それは、葵さんの望みなんだね?

葵 日向(アオイ ヒナタ)

もちろん! 私が私の意思で考えた結論

葵 日向(アオイ ヒナタ)

夏休みになると、いつも悩んでた……毎年毎年、苦しさが増すばかり

葵 日向(アオイ ヒナタ)

これは五年間、放置されたままの、私の夏休みの課題だよ

葵 日向(アオイ ヒナタ)

私が私を知るには……どうすれば良いのか……考えて、ここに来たの

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

日向……日向を葵さんに返してくれるかな?

日向(ヒナタ)

太陽くん? どうしてそんなことを言うの?

日向(ヒナタ)

私が日向の中に戻ったら、太陽くんはひとりぼっちだよ

日向(ヒナタ)

来年は会えないんだよ

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

でも、僕は日向のこと好きだったから。日向に辛い思いはしてほしくない。

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

それが、僕を覚えていない、僕を苦手な十七歳の葵日向さんだとしても

日向(ヒナタ)

………太陽くんは優しいな

日向(ヒナタ)

優しいんだよ

葵 日向(アオイ ヒナタ)

………

日向(ヒナタ)

太陽くんの優しさを拒絶した、十七歳の私にはわからないよね

葵 日向(アオイ ヒナタ)

………っ

日向(ヒナタ)

それでも、太陽くんのこと、嫌いにならないで。おかしなことを言っているけど

日向(ヒナタ)

十二歳の私の恋心は本物なんだから……

日向(ヒナタ)

日向を返す条件は太陽くんを嫌いにならないこと……

葵 日向(アオイ ヒナタ)

………わかったよ、十二歳の私

日向(ヒナタ)

もう、私は夏休みの課題を太陽くんに見せて貰うような子供じゃないんだよね

日向(ヒナタ)

自分でやるんだ、大人になったな……私

葵 日向(アオイ ヒナタ)

学校の課題は、終わってないけどね

葵 日向(アオイ ヒナタ)

帰ったらやるよ、多分……

日向(ヒナタ)

そういうところは、私、変わってないのか

日向(ヒナタ)

じゃあ、さよならだね……太陽くん

日向(ヒナタ)

どんな結果になっても、これだけは真実

日向(ヒナタ)

私は、太陽くんのことが大好きだよ

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

うん、僕もだよ……

日向(ヒナタ)

太陽くん、さよな……ら

東野 太陽(ヒガシノ タイヨウ)

さよならは言わないよ……またね、日向

日向(ヒナタ)

……っ

日向(ヒナタ)

うん

「またね、     
  日向の旦那様」

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