葵さん、
葵 日向(アオイ ヒナタ)さんは
僕の幼馴染だった女の子。
そのことを彼女は一切覚えていない。
あの夏の日、
高波にさらわれた彼女は
奇跡的に助かった。
だけど、
家族以外の記憶を失ってしまった。
……東野くん?
東野くん、だよね。隣のクラスの
……葵さん? どうして、ここに
東野くんは、何をしているの?
ヒマワリを見ているんだよ
え? ヒマワリ?
そこにね、咲いているんだ
………?
葵さんは、どうしてここに?
そうだね、忘れ物を探しに来たの
忘れ物?
うん
そう……大切なものがここにあるはず
だけど、私は思い出せないの
…………
葵さん、
葵 日向(アオイ ヒナタ)さんは
僕の幼馴染だった女の子。
そのことを彼女は一切覚えていない。
あの夏の日、
高波にさらわれた彼女は
奇跡的に助かった。
だけど、
家族以外の記憶を失ってしまった。
目の前で起きたことがショックで
僕も一時的な記憶喪失になっていた。
日向が助け出された後も、
僕は錯乱状態に陥って、
僕と日向は一緒に病院に運ばれたんだ。
目が覚めた僕は日向に謝りに
彼女の病室に走ったけど、
彼女は僕を覚えていなかった。
そして、
僕たちは他人になったんだ。
中学、高校、
僕たちは、
同じ学校に通っているけど
会話なんて殆どしていなかった。
えっと……大丈夫?
今は、何も思い出せない
東野くんは、どうして
ここでヒマワリを見ているの?
ここに咲いているヒマワリ……私が撒いたんだよね? 五年前に太陽くんがそう言っていた
………ああ
五年前もそうだった。何の話をしているのか分からない
何言ってるの?って思ったよ
思い出せない、思い出せないはずだよね
…………
だって、ここに十二歳の私がいるんだもの
………
十二歳の私が、十二年間の思い出を知っている私が、ここから動かないのだもの
葵さん?
私が思い出さないから、東野くんはここで私と会っている
東野くんが会いに来るから、十二歳の私はここから動かない
ねぇ、十二歳の私……私の中に戻って来てよ
………………嫌だよ
十七歳の私と一つになったら、私はもう太陽くんに微笑みかけて貰えない
そんなのは嫌
私は、十二歳の私にとって太陽くんが一番なんだよ
だから、私は私を返さない
酷いよ、それは私の記憶なんだよ
返してよ
葵さん……怖くないの? あの日の記憶はきっと君を苦しめる
怖いよ、怖いって思ってる
でも、その怖い記憶を……パパやママや東野くんや、東野くんの家族の中にはあるんだよね?
私だけが知らないで、幸せに生きているなんて嫌
自分の中に大きな空白を抱えて生きていくことが耐えられない
だから、返してよ
それは、葵さんの望みなんだね?
もちろん! 私が私の意思で考えた結論
夏休みになると、いつも悩んでた……毎年毎年、苦しさが増すばかり
これは五年間、放置されたままの、私の夏休みの課題だよ
私が私を知るには……どうすれば良いのか……考えて、ここに来たの
日向……日向を葵さんに返してくれるかな?
太陽くん? どうしてそんなことを言うの?
私が日向の中に戻ったら、太陽くんはひとりぼっちだよ
来年は会えないんだよ
でも、僕は日向のこと好きだったから。日向に辛い思いはしてほしくない。
それが、僕を覚えていない、僕を苦手な十七歳の葵日向さんだとしても
………太陽くんは優しいな
優しいんだよ
………
太陽くんの優しさを拒絶した、十七歳の私にはわからないよね
………っ
それでも、太陽くんのこと、嫌いにならないで。おかしなことを言っているけど
十二歳の私の恋心は本物なんだから……
日向を返す条件は太陽くんを嫌いにならないこと……
………わかったよ、十二歳の私
もう、私は夏休みの課題を太陽くんに見せて貰うような子供じゃないんだよね
自分でやるんだ、大人になったな……私
学校の課題は、終わってないけどね
帰ったらやるよ、多分……
そういうところは、私、変わってないのか
じゃあ、さよならだね……太陽くん
どんな結果になっても、これだけは真実
私は、太陽くんのことが大好きだよ
うん、僕もだよ……
太陽くん、さよな……ら
さよならは言わないよ……またね、日向
……っ
うん
「またね、
日向の旦那様」