ギダ

あれは正当な手段をとって
譲り受けた物件だ。
ご家族の不幸は残念だが、
私が逆恨みされる覚えはない。
いいからその剣を下ろしなさい。

 ギダは何か誤解があると言って、穏便に事が運ぶように話す。

 確かに誤解があるかもしれないし、リアが言っている事も嘘にも思えない。ダナンにはどちらが真実か判別出来なかった。だが、迷いのない声でダナンは言う。

ダナン

リア…………、
お前の話が本当で
この男を殺すってんなら、
俺がやるぜ。

リア

あんたはには関係ないっ!
この男だけは私が始末するっ!

ダナン

関係ある。こっちは
イカサマされているし……

リア

イカサマなんて大した……

ダナン

リアッ!
お前をそんな哀しい境遇に
導いたってんなら、
俺はコイツを許さねぇ!
仲間にそんな思いさせた奴ぁ、
見逃せねぇ!

リア

……分からない。
どんな人だろうと、
絶対に私の気持ちなんて、
分かるわけない!
この男を殺せば、
私も同じ殺人者になる。
それでも構わない。
この男を地獄に落とせれば
私はそれだけでいい!

 ギダに向けられた長剣は、喉元ギリギリの所に近付いている。ギダは路地の壁面に押し付けられたまま動けぬ状態だ。



 そして言葉に詰まってしまったダナン。リアの言う通り、決して分かるわけがない。仲間であろうと、分かるわけないのだ。そして簡単に気持ちが分かるなどとも言えなかった。

リア

そう…………、
家族を悲惨な形で
失う気持ちなんて
仲間であったって
分かるわけない。
一人になった
私の気持ちなんて……

ダナン

ああ、分かんねぇ。
分かんねぇよ。
失っちまった家族の事は
悔しいがわからねぇ。
孤児だった俺には
最初からそんなもん
なかったからな。
分かる訳がねぇんだよ。

リア

…………

ダナン

だけどよ、
これだけは言わせろ。
最初からない奴だろーが
後から失っちまった奴だろーが
今生きてる事には変わりねぇ。
これから先の人生を、
その家族に貰った大切な命を、
こんなチンケな男の為に
台無しにするってーのは
違うんじゃねーのか?

 リアは取り戻せない時を背負い続けていた。誰と居てもどんな賑やかな場所に居ても孤独だった。しかしダナンの力強い瞳にみせられると、その孤独感が僅かに晴れている事に気付いた。堪えきれぬ思いが胸の内を駆け回る。再び震えだした剣先は、怒りからくるものではない。それを物語るのは、リアの両眼から溢れ出した涙だった。

ギダ

まぁ、と、取り敢えず
落ち着きなさい。
それから私の話を聞きなさい。
万が一殺すにしても、
聞いてからでも遅くない。

 ギダの焦った声は、二人には惨めに聞こえた。その惨めな声が、二人の気持ちの波を和らげた。

ギダ

君の父親と私は親友だった。
これは間違いない真実だ。
信じてくれ。
だが人生とは不思議なもので
金が絡むとどうしても
こじれてしまう時が
あるものなのだよ。
君の父親も私にも
家族があったからね。
お互いに家族を
守らねばならぬ身だからだ。

 そこで、少し息をつくギダ。リアは、父が自分達を守ろうとしていた事を聞くと、胸が少し熱くなった。

ギダ

もつれて絡まった糸は
もうどうしたって
元に戻せない状態になった。
その時、彼は言った。
『決着はカードでつけよう。
昔から遊んできたカードで
精算するんだ。
それで恨みっこなしさ』ってね。

 懐かしむような表情を見せた後、ギダは嘘臭い郷愁の眼差しを交え、リアに視線を送った。

ギダ

そして、今も同様、どうやら
話し合いでは済みそうにもない。
もう言わんとしてる事は
分かっているだろうが、
カードで決着を付ける
というのはどうかね?

 さも父親との因縁を感じさせようとするギダの提案を聞き、リアの美しい顔が険しくなる。



 確かにリアの父親はギャンブルに負け、家を手放す結果となった。だからと言ってこの男の話を鵜呑みにするのは最も危険な事だとリアは認識していた。先ほど、父の話で胸が熱くなったのも危険な感情。ギダのペースに巻き込まれてしまう可能性があるからだ。

ダナン

いいぜ。その勝負のってやる。
正々堂々と叩きのめして
引導をわたしてやる。
時間と場所を言え。

リア

っちょっ!? 駄目!
この男は根っからの詐欺師。
どんな汚い手を使ってくるか
分からないわ!

 ダナンの返答にリアが即座に忠告するが、ダナンは静かに首を振った。そしてリアの手にある長剣を、ギダの首元から離させた。



 ギダはホッと息を吐きながらも、高価そうな衣服を整える。そして既に勝ちを確信したような笑みを零し口を開いた。

ギダ

ククククククク。
君ならそう言うと思ったよ。
勿論正々堂々の勝負だ。
だがこれは雌雄を決する勝負。
ちまちまと以前の様に
小銭を賭けていては埒があかん。

 以前とは、ダナンがパーティのガロンを高レートで賭けて、カジノで勝負した時の話。決してリア達には小銭と言える勝負ではなかった。

ギダ

ミニマムが1万ガロンの
プロチータ勝負。
これなら役によっては相手を
合法的に破滅に追いやれる。
君達も願ったり叶ったりだろう。

 したり顔のギダの申し出は無茶苦茶な話。反論しようとしたリアの言葉を遮るように、ギダが続ける。

ギダ

持ち合わせが無いようなら、
都合をつけてくれる
友人を紹介するよ。
元手がなけりゃあ、
勝負なぞ出来るわけないものな。

 挑発的な声色とその話の内容は、二人をイラつかせるには充分だった。全財産を賭けて勝負する敵の手の者からガロンを借りるなど、屈辱な上にどんな罠があるか分からないからだ。

ダナン

それはありがてぇ。
プロチータは通常、
上限なしの青天井。
資金はいくらあっても
助かるからな。

 ギダの挑発に、青天井ルールが当然というニュアンスの挑発を返すダナン。



 ギダはそれを受けてあからさまに口角を上げた。表情は笑っているものの、瞳の奥底に冷たい何かを感じる。リアはまるで、仲間が恐ろしい蜘蛛の巣にノコノコと入って行くのを目の当たりにして何も出来ないでいる錯覚を感じた程だった。

 そしてその蜘蛛の巣の主が、もう完全に逃げられない獲物の前で宣告する。

ギダ

よろしい!
では、決戦は明日正午。
カジノのプロチータの
テーブルで行うとしよう。
観衆がいれば、
正々堂々するしかないからな。
これが終ったら
遺恨がなくなっている事を願うよ。

 ギダのセリフは清々しく発せられた。それが逆に不気味な音調でリアの耳に伝わってきた。

 ~円章~     142、誘導

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