リアの声を聞いたダナンは、思わず身を隠した。名前? そう疑問を感じ、思考を巡らす前に、髭を指で摘み遊ぶギダが返事をした。
リア=ミストラン。
私の名前。
あんたには思い出すところが
あるでしょう。
リアの声を聞いたダナンは、思わず身を隠した。名前? そう疑問を感じ、思考を巡らす前に、髭を指で摘み遊ぶギダが返事をした。
えーっと、はて?
私はお嬢さんのような
美人の知り合いに
覚えはないがね。
ん? ミストラン?
ほぉ~ほぉ~ほぉ~、
これはこれは懐かしい。
あのお嬢ちゃんがこのように
美しくなっていたとは。
時が経つのは早いもんだ。
……それで、
こんな人気のない所で
私に何か御用かな。
ギダはリアについて何かを思い出してなお、余裕の眼差しだった。
父上は元気かな?
あの人は私の親友だからね。
何か癪に触る雰囲気を醸し出すギダ。それを聞き、ダナンの眉間に深いしわが数本走った。
私の用件は一つ。
私の家族を滅茶苦茶にした
あなたの破滅……。
ずっと探していたのよ。
そして遂に見付けた!
直前までリアの事を疑っていたダナンには、思いもよらぬ言葉だった。
ほんの何日か前に知ったリアの目的。騎士になるという目的。それを諦め、故郷で縁談があるとディープスを離れると言った。正直ショックだった。そこから一転して、大きな疑惑が湧き、すぐさま実は復讐を誓っていた事を知る。
リアの暗い核心に、突如、素手で触ってしまった感覚のダナン。それはあまりにも冷たく、哀しい感覚だった。
スワンッ。腰に下げていた長剣を抜いたリアは、ギダを射る眼光を強めた。
おいおいおいおい、
物騒だな、
何かの間違いじゃないか?
私は君の父親の
親友だったんだぞ?
君は何か勘違いしていないか?
それにこの冒険者区でも
殺人は重罪。
はやまるもんじゃないよ。
脇で見ているダナンには、話の真意はわからなかったが、殺人が重罪というのは間違っていない。事情はどうあれ、リアがそのような道を歩む事は断じてあってはならない。先程、思わず身を隠したのとは逆に、ダナンは二人の前に姿を現していた。
やめろ! リア!
殺しちゃ駄目だ!
突然ダナンが現れた事に驚くリア。その眼は、自身の触れられたくない過去を知られてしまった事を悟っていた。それでも長剣を下ろせないリアは、額から鼻筋に汗を流す。
関わらない方がいい。
私がこの男を許す日など、
永遠に来やしないのだから。
音が聞こえそうなほど歯を食いしばり、剣先は怒りだろうか震えている。
許せと言ってるんじゃねぇ!
ただ殺すなって言っているんだ。
そいつと何があったか
知らねぇが殺しちゃ駄目だ!
ダナンも上手く言えない部分も多くあった。ただ、人を殺した先は、暗い未来しかないと思った。大きく呼吸するリアは、ギダに長剣を向けたまま返答する。
他人には分からない。
この男が生きるに
値しないのは明白。
一度落ちついてはどうかね。
どうも誤解があるように
思えてならない。
カジノでの一件も、
おそらくはイカサマ。
この男にとってあれぐらいは
何でもない日常のはず。
うっすらと見えてきたリアの過去は、おそらくこの男に騙されたのだろうか。ダナンはそう頭に巡らせたが、リアを止めるのには変わらなかった。
それでも駄……
父はこの男に騙され、
私達家族は幸せに暮らしていた
家を追い出された……。
ダナンがさとす前に、リアが語り始めた。その言葉はいつもの口調とは違い、目には言葉で言い表せないものが宿っている。
父は自責の念に耐えきれず
自ら命を断ち、
復讐に燃えた兄は数日後、
死体で見つかった。
母は私と幼い妹を
育てる為に働いた。
貧民街ですら足元を見られ、
昼夜を分けず安い金の為に
働き詰めた母は、
三十半ばになる頃になると、
老婆と見間違う
疲弊した人相になり、
しばらくして真っ黒い血を
吐いて死んだ。
それを語るリアから感情を掴み取る事は出来ない。まるで意思のない人形が、言葉だけを発しているかのようだった。
それから私は
妹を食べさせる為に、
何度も何度も盗みを働いた。
捕まって、
袋叩きにあうなんてのは日常。
何も持って帰ることが
出来なかった日、
飢えて気絶していた
ガリガリの妹を前に、
私は呆然と立ち尽くしていた。
幼い妹の死を
見届けるしかないと思った時、
通りかかった旅人の男が
自分のパンを差し出してきた。
話に初めて光明が差すが、リアの口調は変わらなかった。
パンを受け取った妹は、
半分にちぎったパンを
旅人に返した。
旅人の空腹も考えてたみたい。
そして、
『おねぇ……ちゃん……にも』
って、かすれた声で言い、
残りのパンも
半分にしようとしたまま
息絶えてしまった。
絶句するダナン。一緒に探索をしている頃に一片も見せたことのないその過去は、壮絶などという言葉では言い表せない。復讐を誓い、このギダという男を追ってきた執念。それは、誰も見えない心の奥底で、何処へも行けないまま成長し続けていたんだろう。