ナバールの大軍が
ユベイル城に押し寄せた翌日――。
ナバールの大軍が
ユベイル城に押し寄せた翌日――。
昨日の急襲の後、
ナバール軍は一斉に退いた。
やはり、
戦力差を見せつけるのが目的なのだろう。
それにユランの残した
「背中を刺されぬよう」
という言葉。
これが意味するのは味方の裏切りである。
既に内通者がいて、
いつでもその毒牙を
突き立てられると脅しているのだ。
ただでさえ圧倒的戦力差がある中
内通者の危惧は
あまりにも
ギュダの頭を悩ます要因となっていた。
ギュダ殿。
神妙な顔をされているようですが
まさか怖気付いたわけでは
ないでしょうね?
何も変わらん。
徹底抗戦だ。
姫の元にあるこの軍が、
降伏を受け入れることなど
決してない。
それは結構なことだ。
無駄口を叩き
強がるのはいいが、
陣中でボヤ騒ぎを出さぬよう
引き締めてもらわねばならん。
そりゃあ、すまん。
マジで悪い。
大勢を巻き込んでから
謝っても取返しがつかん。
重々足下の兵達を
掌握してくれ。
もっともなセリフだ。
…………
…………
どうしても警戒を解けないギュダと、
疑われているガンツの間に
沈黙が重なる。
レジーナが面会謝絶で
軍を預かるギュダとしては、
自身がそうしていると意思表示するように
ガンツに釘を刺したのだ。
そしてその沈黙を破るのは
飄々としたガンツだった。
それにしても
思い切った布陣を
敷いたものだな。
本人の希望だ。
サロディア城にスダルギア。
ってのは分かる。
奴なら、え~と誰だっけ……
鉄騎兵団を従える
蹂躙のバグズだ。
そーだ、そいつだ。
まぁ全然知らねーけど。
そのタコ野郎とは
スダルギアなら
互角以上に渡り合える。
そうでなければ許さん。
だけどタキア城の援軍に
ウルと手勢だけってやばくね?
相手ってあのジジイだろ?
謀計深きあのギリアムだ。
三騎将が一人、
暁星のギリアムと
呼ばれていたな。
やばくね?
いくらなんでも
荷が重くないか?
あいつ軍人でも
何でもない村人だぜ。
先程私は本人の希望と言ったが
本人は『鬼謀』と口にした。
詳細はどうしても話せぬと
口を割らなかったがな。
にしてもそれだけで
よく認めたものだな。
この状況ではどの三城が
欠けても必敗。
針の穴も逃さぬ戦略を組む
ギュダ殿なのに。
私が知ってはこの策は
無駄になると、一晩中、
説得されたのだ。
全く何を考えているのか
想像も出来んが、
あそこまで食い下がられては
信用するしかないと
許してしまったのだ。
そりゃあ大したもんだな。
ギュダ殿を根負けさせるなんて
いい根性してるぜ。
――タキア城に繋がる街道。
何が大丈夫か、だ。
オレが言いたいぜ、
ったく。
ウルはタキア城を遠景に捉えていた。
あの謀計優れたギリアムと戦う為、
少数の兵と共に来たのだ。
だから君が必要なのだ。
最も平和が好きで、
それを目的とする者が
私には必要なのだ。
それだ。人は死ぬんだよ。
そして最も死なない方法を
見つけ出せる人間なんだ、
君は。
人が死ぬ事を知り、
死なない方法を求めるんだ。
それは私の傍でしか出来ん!
私の求める人間は
利害や計算では動かぬ。
ココだよ。
判断が遅いっ!
それだけでチャンスを失い
人は死ぬぞ!
即断せよ!
幾ら天邪鬼だからって
自分の心に嘘は付けまい。
下手な答えは出すなよ。
ウルよ、宜しく頼むぞ。
チナ村を出る時のレジーナが
数舜前のことのように頭に浮かぶ。
子供の頃から
伝記物の軍師に憧れていた。
村を出ようなんて
一度も考えたことはなかった。
兄に手を焼き苦労もしたが
何の疑いもなくただ生きていた。
突然現れた
同い年のじゃじゃ馬娘に
兄を救われ、自分も救われた。
そして旅に加わり外の世界を見た。
書物の中でしか世界を知らなかった。
やっとそう気付かされた。
だけど…………
あの時から理想は変わっていない。
全くただの村人を、
こんなところに
よく駆り出したものだ。
今、重責を両肩に背負ったウルは
チナ村を出た時と同じ蒼い空を見上げ、
鼻息を風に乗せ笑ってみせた。