【2035年、イバラキ。桜ココア】
【2035年、イバラキ。桜ココア】
abi!
GUCHA!
『二つ足』との闘いの中、儚く、でも恐ろしい程強いメッセージが聞こえたような気がした。
自宅近くで幾匹もの『四つ足』をなぎ払う姿がある。その拳が『二つ足』のお腹へ穴を穿(うが)つ。
ココア! ここは俺に任せておけ! 聞こえたんだろ!
お父さんが街にはびこる黒いそれらを打ち倒し、言い放った。
お前にも魂の叫びが!
その眼が私へ語る。
助けろ! 救ってみせろ! 俺の子なら絶対に守ってみせろ!!
剣を構えた。
『NEO』この子達に打ち勝つよ! 全てを焼き切る!
【All right!】
光の大剣を振りぬく。『四つ足』の体を割き、『二つ足』の膝関節を貫いた。『NEO』のチカラで空を飛び、一閃の元に道を切り開く。
飛び、走り着いたそこに居た。息も絶え絶えの女の子と、血まみれの『仮面を付けた肉塊』が。
女の子は近所に住む、『舞愛(まいあ)ちゃん』だった。血に塗(まみ)れて尚、舞愛ちゃんはその肉塊を引きずって歩いた。
ココアお姉ちゃん。この人を助けて! 早く『創(つくる)先生』の所へ!
舞愛ちゃん? なんでこの人と一緒に? な、なんで、この人、
手足が……。
それは言葉にならずに喉で留まった。四肢の無いそのヒトは私があの時救った黒衣のお兄さんだった。
お願い助けて! このおじちゃん、わたしを救ってくれた騎士様だから。わたしのただ1人の英雄なの。だから! お願いっ!!
舞愛ちゃんから引き継ぎその人の体を抱き上げる。四肢を持たないそれは、悲しいくらい軽い。
私達は近所の誰もが知っている偏屈な若先生『市原創(いちはら つくる)』先生の元へ向かった。
――けれど、
私から見ても、きっと誰が見ても、
――それはヒトが助かる傷では無かった。
※※※
先生、おじちゃんは助かる、の?
仮面を外した彼の瞳孔を観察し、心音を聴き、先生は首を振った。
すまない。
血を零しながら黒衣の彼が言う。身を震わせ、輸血チューブに噛みついて罵った。
ヤブ医者、僕はもうイイ。ダメ元でオマエに聞く。
薄紫の瞳は先生の事だけを視ていた。
オマエ、超小型起爆装置『パンドラ』を解除(はず)せるか?
それは何だい?
口から血を吐きながら彼は嗤う。いつしか、私の背後にお父さんとお母さんが居た。
脳に直結してる爆弾だ。地球政府が僕の『幼馴染』に取り付けた。彼女は地球の言いなりになって生かされている。僕はイイ。彼女を助けられないか?
皆が見つめる中、創先生は言った。椅子に座り落ち着いた表情で話してくれた。
……僕の専門は『脳』全般だ。
聴診器を外し、彼の目を視て話す。
脳に付随する外科医療なら、やれないことは無い。
本当かい? 信じていいのかい? 死ぬ者が最後に願いを託す相手、それはキミでいいのかい?
身体をこわばらせ黒衣の彼が詰問する。
ああ。
先生が静かに頷く。
黒衣の内側が振動している。スマホだろうか。黒衣の彼は天井の白を視ていた。
弟がそろそろ来るはずだ。彼と話をさせてくれ。
!!
しばらく経って診療所の扉が乱暴に開いた。その姿を見て私は声を失った。
フェイク!! こいつらか? こいつらがお前を!!
擦(かす)れた声で彼は飛び込んできた『アリオス君』へ言う。
落ち着け。バカ。
輸血も効果があるように見えない。擦(かす)れていく言葉に皆が耳を傾ける。その一言一言を聞き漏らさないように受け止めた。
僕はもう死ぬ。だけど死ぬ間際に『マイア』を救えるというヒトと出会えた。僕は彼を信じるよ。
黒衣の彼は微笑んだ。その目は優しいものだった。
アリオス、『マイア』をここに連れてきてくれ。創(つくる)先生、彼に『パンドラ』の除去手術をしてもらうんだ。
その目は優しい光を湛えていた。声がか細くなっていく。
最後。死ぬ前に、マイアを救え、たら良かったのにな。
彼は『アリオス君』に願った。
この仮面が負った、罪と愛。お前が継いでくれるかい? 今まであの子を護ってきたのはお前だと、皆に思わせるんだ。
お前こそが『マイア』に相応しい。お前じゃないと僕は許さない。
そのラベンダー色の瞳が細められていく。
――ああ。生きてきて、こんなにも嬉しい日は初めてだ。なんて清々しいんだろう。
彼が自身を見下ろす先生を見やる。
ありがとう。創せんせ。
そして『舞愛ちゃん』と私を見た。小馬鹿にするように笑っている。
ありがとう。舞愛。そして、『マイア』にそっくりなチンチクリン、オマエもありがとな。
そして彼は、大きな粒の涙を零した。
ありがとう。
優しい瞳の色だった。
ありがとう。アリオス。一番大事な僕の弟。
その瞳が閉じられる。
誰もが言葉を失う中、高い空から言葉が届けられた。その声は慈しむような言葉で黒衣の彼を称(たた)えた。
【――今、コノ世界デ1番強イ想イヲ感ジマシタ】
な、なんで!?
彼の身体が薄れていく。衣類が窄(すぼ)み仮面がカラリ、と音を残した。
【1番強イ想イ、ソレハ、コノ容レ物ガ遺シタ――――タッタ1ツノ『恋ごころ』デシタ】