【2035年、イバラキ。仮面の黒騎士】
【2035年、イバラキ。仮面の黒騎士】
仮面の騎士。アナタ、まだわたしに素性を隠すの? いい加減信用してほしいのに♪
地球、日本の海岸にて皇女『タニア』の手に口づける。地に跪(ひざまず)き忠誠を誓った。
タニア姫。僕は貴女の為に何でもしましょう。ただこの仮面だけは、……すみません。
僕は位の高い女性を探し、その幾人を口説き落とした。手段を選ばず口説き唇を重ねる。知識ある女性の元へ、高機動無人飛行機『イースター』で通い続けた。
……タニア姫。未だ見つかりませんか? 超小型起爆装置『パンドラ』を解除(はず)せる者は。
今晩の相手、大国の皇女『タニア』は顎に指を当て小さな口を尖らせる。この仮面に押し当て微笑んだ。
それも永久(とわ)に解らないわ。アナタがわたしを『アナタのモノ』にしてくれない限り♪
今日の今日も、……僕は好きでもない女を抱く。
――これで何人目だろう。愛しいヒトとは、まだ、唇を重ねた事も無いのに。
大国『モンガル』の第2皇女『タニア』も、『パンドラ』の外し方を知らなかった。僕をモノにしようとしたのも、彼女の技(ふぇいく)に過ぎない。
彼女を島国日本へ呼び出し、逢ったのは正解だった。
その夜の内に――僕は彼女を始末した。腹を空かせた海へ鉄屑と共に沈めてやる。
……永久に地球へ抱かれるよう願った。
……お、おじちゃん、何やってるの?
明けた夜のもと、僕の所業を視ていた者が居た。
……ほう。僕をおじちゃん呼ばわりか。これでも齢20(はたち)なんだけど、な。
腰の鞘から剣を外す。銀の刃を昇り始めようとする陽に翳(かざ)した。
消そうとした。何事も無く、この海へ沈めるつもりだった。ただ、
ただ、その顔立ちが気になって、夢に見そうで嫌だったから聞いてやる。
おい。……お前の名は?
震えた拳を握りしめ、その子は言った。
舞愛(まいあ)。
大きな瞳が陽の明かりに煌めく。
舞愛・ロージス!
――よく似ていた。悔しいくらい良く似ている。『あの子』の幼い頃にそっくり過ぎた。
あの子の手に始めて触れた日を思い出す。
あの日、僕は彼女にムカデを握らせ、その罪によりその手に触れる事を許されなくなった。
初めての握手。あの時のマイアは泣きに泣いていた。僕も彼女の腫れた手を必死に撫でるだけ。
あの時僕達2人の手はずっと、――繫がっていた。
おじちゃん危ない!!
のぼせるように見入っていた、その子に突き飛ばされた。
僕が居たところを巨大な斧が叩き壊す。見上げた先にあったのは恐ろしい程巨大な帆船だった。その甲板にその2人が居た。
『二つ足』じゃない? 誰だお前らは? 『ガイア』に僕達のようなヒト型が居るとは聞かないが。
僕達『ノアの民』とそう違わない体型の生き物が謳う。
お主が噂に聞く『仮面の黒騎士』? イングリアの『化け物』か?
……。
我は『ガイア』が闇騎士、『アレス』。
『二つ足』の司令塔か。面白い♪
理解があって結構。いざ、尋常に勝負。
右腕の無い左腕だけの騎士。その瞳が何故か舞愛を見ていた。剣を構え、虫を見るようにそいつは舞愛を見下している。
童(わらし)。……貴様、騎士の勝負へ中入りするつもりか?
わ、わたし?
そうだ。神聖な闘いの間(ま)に入るな!
後方に控えていたもう1人の人型を『アレス』は呼んだ。
『アスタロト』。騎士の聖なる勝負を邪魔するイキモノだ。生きたままツブセ。
……。
『アスタロト』と呼ばれた右腕だけのヒト型が頷く。ヒト型が、巨大な隻腕で舞愛を掴もうとしていた。
た、助けて!
捕まえた『舞愛』を生きたまま潰そうとしている。
やだ! おじちゃん! わたし、死にたくない!! わたし、まだ死にたくないよ!!
くっそガキが!
『アスタロト』と呼ばれた右腕だけのヒト型。その鎧の隙間に刃を突き刺す。返す刃でその腕の筋を断ち切る。
怯える舞愛を胸に抱き寄せた。その手のひらは赤く腫れ上がっている。
僕が守ってやる! 離れるな!
筋を切ったはずなのに。指の動きを確かめるように右手を閉じ開きする『アスタロト』。背を向けようとした僕へ『アレス』が問いかけた。
逃げる気か?
……。
……A.
ABI.
……。
肩を竦(すく)め笑ってやる。
辺りには幾十もの『二つ足』が蠢く。
指で奴らを招いてみせた。仮面の中から嘲(あざけ)る。
こいつを守りながらでも、――お前らごときヤれるんだよ♪
※※※
――何体斬っただろう。
おじちゃん! おじちゃん! 死なないで!!
守りながら闘い抜いた。結果として、僕は死にそうになっている。両腕は斬り落とされ、両足を潰され、無事なのは『仮面』の中の顔だけだった。
……舞愛。お前、死にたくないか? こんなクソみたいな世界に生まれて幸せだったかい?
うん! おじちゃんに逢えて良かった! 助けてくれてありがとう!! だから死なないで!!
僕の落とされた両腕を『アスタロト』と『アレス』が1つずつ、その片方だけの腕で抱いている。
イングリアの『仮面の黒騎士』。お前の両腕は貰っていく。だが、……我ら2人を相手によくぞ『二つ足(我らが子)』を討ち、我らを傷つけ、その無力な童(わらし)を護り抜いた。騎士の名に恥じぬ者ぞ。仮面の黒騎士。
『アレス』の手がこの仮面に触れる事は無かった。『アスタロト』を伴い、仰向けにされた僕から遠ざかっていく。
その魂に免じて仮面だけは剥(は)がさぬ。――いずれ、また会おう。
空へ向かったのだろうか。数少ない『二つ足』を連れ帆船が去っていく。昇る朝日の中、痛みに勝る悦びばかりが有った。
僕は『マイア』の名を持つ少女を守ることが出来た。笑いが血潮と共に果てなく溢れる。
舞愛。……お前、生きてるかい? 僕は、もう、
もう、もう動けない。手も無い。足も無い♪
おじちゃんは殺させない! 絶対、絶対わたしが救ってみせる!!
舞愛が何か言っていたような気がする。
市原先生のところまで連れていく!
気の強い、あの子とよく似た眼差しが、僕を覗き込んでいたように思う。
市原先生なら! きっとおじちゃんを助けてくれる!!!
舞愛の首に掛かったスマホが鳴っている。どこか、の病院にでも繋がったのだろうか?
意識が薄れていく……。
もしもし! 先生? 仮面のおじちゃんを助けて!! 私の騎士様なの! 最強の、最強で一番かっこいい、わたしのナイト様なの!!! わたしを救ってくれたこのヒトを救って!!
お願い! 創(つくる)お兄ちゃん!!
……嗚呼。
マイア。
大好きなマイア。
僕の大事な、僕の、僕の……、