大学構内の、人気の無い場所。

　思いがけない言葉と共に、腐れ縁友人である勇介が差し出したのは、上品な色使いの細長い紙切れ。

　その紙切れに書かれていた、理の妹、晶が通っている地元の名門お嬢様学校の名前を見つけ、理の声は途中で止まった。

　この紙切れは、お嬢様学校の文化祭の入場チケット。

　言葉を濁しながらチケットを引っ込める勇介に、いつものヘラヘラ感が無い。

　覚えた違和感を何とか隠し、理はある人の顔を思い浮かべながら言った。

　あの『妹』、晶は、自分の学校の文化祭に理が行くことを絶対に拒絶する。
　それよりも、先の夏、高大連携事業の一環として先輩が手伝いをしている授業を受講した晶に一目惚れをしてしまった、陸上部の三つ上の先輩である高村が行った方が、友人が高村先輩に好意を寄せていることを知っている晶は喜ぶだろう。

　しかし理の思惑はすぐに消し飛んだ。

　勇介の言葉に、腹の底が唸る。

　こういう時だけ行動が素早い。

　昔から、前世から、あの『弟』は、周りを確認しつつ、好機は逃さない奴だった。

　いつにない勇介の声が、理を前世の思い出から引き戻す。

　そう言えば。

　確か、チケットは学校の生徒からしか入手できないはずだ。

　転売防止のため、チケットは生徒の申告により発行され、申告した生徒の名前と固有番号が記入される。
　転売がばれたら罰を受けるので、お嬢様学校に通う生徒の方も、入場チケットを渡す相手は慎重に選ぶ。そんな重大なチケットを、勇介に渡す相手とは？

　ふと見えた、勇介が持つチケットに書かれた名前に、理は記憶を探った。

　『日上恵美』。確か、お嬢様学校の理数科に通っている晶の友人の一人が、そんな名前だった気がする。

　勇介に疑問をぶつけると、答はあっさり返ってくる。

　そう言えば、勇介は、この地方では大きめの会社の御曹司だった。普段は素振りも見せない勇介の家庭環境をようやく思い出す。

　婚約者からのプレゼントなら、勇介が行った方が相手も喜ぶ。その考えをそのまま、理はぶっきらぼうに言葉にした。

　なおも逡巡を続ける勇介の、背中を強く叩く。

　理を見上げた、勇介のぽかんとした表情に、理はにやりと笑った。

　高村先輩なら、勇介の事情を理解して一緒に、晶もいるお嬢様学校の文化祭に付き合ってくれるだろう。

　その理に、勇介が何とか頷く。

　嫌そうな顔で理を睨む晶の顔が脳裏を横切る。

　それでも、一肌脱ぐのが、友人というもの。

　らしくなく心配顔を見せた勇介に、理は再びにやりと、口の端を上げた。