帰宅後。
……どういうことだ?
帰宅後。
すぐに、自室に戻ろうとした晶を糺す。
うん。
強くなってしまった理の声に、晶は小さく頷いた。
香澄がね、高村さんのこと、気になるって。
またか。
家政クラブの友人と理のデートを仕組んだときと同じ理屈に、頭を抱える。
懲りてない。
前世の記憶が重なり、理は小さく呻いた。
あの『弟』も、意外にお節介で、自身のことよりも他人のことを、兄のことを余分に心配していた。
俺を助けて欲しい。
分かりました。陛下。
……ずっと、おそばにいます。
内乱を制した後、王となったヴァルドの言葉に従い、あいつは、ずっと、影のように、ヴァルドの側にいた。……悪意が故に、ヴァルドを庇って死ぬまで。
世界中を旅して、綺麗なものや珍しいものをたくさん見たり聞いたりしてみたい。その望みを持っていたことをヴァルドが知ったのは、遺品を整理して日記を見つけたとき。
でも。
晶の声が、前世の苦しい記憶から理を引き剥がす。
高村さん、あまり嬉しそうじゃなかったな。
……。
香澄の隣で、戸惑ってた。
……。
晶の言葉に、肯定の頷きを返す。
高村さん、他に好きな人、いるんだ。
……。
香澄、多分、泣くだろうな。
悄然とした晶の言葉に、理は唇を噛みしめた。
……。
この『妹』も、……同じだ。自分より、他人の心を優先する。それは、……ダメだ。
だから。
晶は、どうなんだ?
無意識のまま、言葉だけが口をつく。
え?
きょとんとした晶の、きらきらと輝く瞳が、理の目を射た。
だから、その。
晶は、す、好きな、やつ、とか。
その視線に戸惑いながらも、何とか、心を誤魔化す。
ああ。
その理の言葉に、晶はようやく普段通りの、兄を蔑む表情を取り戻した。
「キモい」という言葉が、出てくるんだろうなぁ、きっと。
思わず、身構える。
しかし次に晶の口から出てきたのは、意外な言葉。
今は、まだ、いい、かな。
へ?
父さんと母さんのことも大切だし、もっと勉強していろんなこと、知りたいし。
あ、そう。
『大切』の内容に兄が入っていないことには引っかかるが、それはまあ、いつものこと。
それよりも。
……なんだ。
ほっと、胸を撫で下ろす。
晶は、『弟』とは違う。ちゃんと、自分の希望を、言うことができる。
大丈夫だ。
もう一度、晶を見つめ、理は心からほっとした。
……そうか。
前世に関する感情を省いた理の報告を聞いた高村先輩の表情が、少しだけ晴れる。
とりあえず、良かったのだろう。
……これで。
蒸し暑いグラウンドに汗を落としながら、理は心の奥底で頷いた。
なら、僕も、……待つことにするよ。
晶の気持ちがどう揺れ動くかは、理にも分からない。だが、高村先輩が納得しているのであれば、理には何も言えない。……晶に対しても。
……。
もう一度、心の奥底で、理は小さく頷いた。
恋人より家族ねぇ。
理と高村先輩の話を横で聞いていた勇介が、普段通りの茶々を入れる。
そこに『兄』が入っていないことには笑えるけど。
うるさい。
まあまあ。
勇介の胸倉を掴もうとした理を、高村先輩が制す。
喧嘩の前に、グラウンド整備だ。
確かに。
夏の日差しの所為かぐんぐんと伸びきっている雑草に、肩を竦める。
大学に予算がないから、草むしりも部活の内。
高村先輩が指し示した、先輩が実験を手伝っている教授からの差し入れだというクーラーボックスに、理は無意識に苦笑した。