兄さんの部屋に行ってからされたことは
良く思い出せない
いいや、思い出したくなかった
俺はドアノブに手をかけると
力ない足取りで廊下へ出て行った

ハロルド

ケヴィン

じゃあね、ハロルド

部屋の中から聞こえる兄さんの声は
恐ろしいほど普通の声だった

ハロルド

…嗚呼

速足で自分の部屋に戻る
途中のトイレで散々に吐いた
震えが止まらない
急いで、急いであの子のもとへ戻ろう
兄さんにはばれてしまったから
今度は別の場所に隠さなければ

自分の部屋のドアノブに手をかけ扉を開く
一呼吸置いて、部屋の中へ踏み出した

ハロルド

……!!

ハロルド

…これは


部屋に入ると明らかな異臭がした

最悪だった
目の前の光景に理解が追い付かなかった

ハロルド

どうして
いや、違う
兄さんだ、兄さんがやったんだ!!!

テーブルの上に転がっていた
肉の塊
どこか見覚えがある
前まで暖かかったのを知っている

ハロルド

ああ…嗚呼…ああああああああ!!!!

わからない
どうしてこんなことをするのか
わからない
何もかも奪っていく
兄さんも、父さんも
俺からすべてを…

ケヴィン

何もお前のことが嫌いなわけじゃないんだぞ?

嘘だ
兄さんは俺が嫌いだ

チャールズ

私の愛しい息子だからね

全部、嘘だ
父様はそんなこと思っちゃいない

ハロルド

兄さんは父さんに愛されない
どうしようもない自分を恥じて
それを隠すために俺に当たる

父さんは愛していると嘯き
本当の愛情をくれたことは一度もない
俺を育てたのはさながら使用人だ

そんな家の使用人でさえ
「可哀想に」
という言葉だけで結局は何もしない
出来ても、面倒事は嫌なのだろう
父と兄を敵に回すことになるのだから

母は国政に忙しく
俺には目を向けない
まるで息子じゃないみたい

この家に、俺の味方はいない
居てもどうせすぐ消えてしまう
よくわかって居る

ハロルド

自分の身は…自分で守るしかない…

いつか読んだ本にはそう書いてあった
ああ、よくわかる
全く、その通りだ

ハロルド

ハロルド

噂だと、この辺りか?

三か月前、父さんと社会勉強で外に出た
俺はその時わざとはぐれ、裏路地に入ったことがある
そこで聞こえてきた会話での噂
森の奥深くに拠点を構える凄腕の殺し屋がいるらしい
その時はあまり興味がなかった
でも今は違う
どんな可能性にでも、賭けたかった

ハロルド

…誰か、居るのか?

聞こえてきた少しの物音に、身を強張らせる
辺りを見回すが、木ばかりで何もない
気のせいかと歩みを再開しようとしたところで
ふわっと自分の体が宙に浮きあがる

ハロルド

っ…!!!

呼吸がしにくい
首を誰かに絞められている
じたばたと暴れるけど凄い力で手も足も出ない

あのさあ、困るんだよね
ボク、子供を殺すのは趣味じゃない

淡々とした声が聞こえる
やや高めの青年の声
いや?ハスキーな女性の声にも聞こえる

残念だけど、今は依頼受け付けてないんだよ
何せ、いっぱいで!
ボク、自由時間は取りたい方だからサ

ハロルド

ち、ち…が…

あれ?違うの?
もしかして迷子?
どっちにしろ、ここまで来たら消すしかないんだけど!

ハロルド

殺したい…やつがいる…
俺自身の手で…
でも、俺は、無力だ…
力が、力が欲しい…

…訳アリ?
力が欲しいって?
面白いこと言うね、でも…

愚策だよ
こんなちっぽけなのになにができるのさ!

ハロルド

愚策…じゃない、何年かかっても…いい!
弟子に…弟子にしてくれ…

突如苦しさから解放される
放り投げられたのか、地面に叩きつけられる
痛みに呻きをあげるが、必死に起き上がろうとした
でもふらふらして上手く立てない

ハロルド

うう…

アヤ

…あり得ない!弟子!?弟子って言った今!?

ハロルド

…え?

アヤ

あわわわ…ボクこんなこと初めて…

アヤ

敵意もなんも感じずに弟子にしてなんて!しかもこんなに小っちゃいのに!

ハロルド

アヤ

…てっきりボクは君がボクを殺そうとしてるのかと!でもなんも武器がないし力弱すぎるししまいには弟子にしてなんて気持ち悪いこと言うから放り投げちゃったじゃないか!

ハロルド

ええと…

アヤ

あ…

アヤ

ご、ごめん。ってか本当に弟子になりたくてここまで来ちゃった系?そうだとしたらすっごくポテンシャルを感じる…じゃなくて!

アヤ

君、その言葉嘘じゃないんだね…驚いた

ハロルド

な、なんでわかるんだ?

アヤ

ほら、優れた殺し屋なんだからそれくらいわからないと!ね?

ハロルド

は…はあ…?

アヤ

そうじゃないと殺されるからサ…

ハロルド

アヤ

…結局、この人は俺を弟子にしてくれるのだろうか?

ハロルド

…!

アヤ

きみ、ポーカーフェイス人よりは上手だけどまだまだだね!それだけじゃない、経験も何もかもが圧倒的に足りない!だからこそ信用して聞くんだけどサ

アヤ

本当に、人を殺したいんだね?

ハロルド

ハロルド

ハロルド

…ああ、俺は、本気だ

アヤ

…わかった。じゃあ、次に自己紹介ね!ボクの名前は、えーと…そうだ!アヤ!アヤだよ!君は?

ハロルド

…ハロルド。ハロルド・ルイ・ジョージだ

アヤ

…驚いた。やけに身なりがいいと思ったらあのトップクラスの貴族…ジョージ家の人間だったのか

アヤ

…にしては、追手も来てないなんて、一体どういうことなんだ?この子が撒いたのか?小っちゃいしすばしっこそうだし、割とあり得るなぁ…いや、待てよ…もしかして…

アヤ

…なるほどね、で、殺したいのはライバルのエルリック家とかかい?

ハロルド

…あの家

アヤ

…?

ハロルド

あの家の関係者全員殺したい

アヤ

…夢はビッグにってやつ?

ハロルド

アヤ

あはは…わかったよ…本気なんだね…じゃあ…

アヤ

また後日会おう。だけど、場所はここじゃない。場所は…

ハロルド

…!

pagetop