店を出た後は手を繋ぐような事も無く、珍しい事に隣にさえ明彦は並ばなかった。
 結月を先導するかのように少し前を歩く。
 それに不安を覚えながらも結月は後ろに続いて行く。

 そんな状況のせいか、会話という会話も無いまま数分歩いた。

松原結月(まつばらゆづき)

あれ?帰るんじゃないのかな


 結月が思わず考えたように行き先は自宅とは違う方向である。
 数分歩いて明彦が止まったのは……慣れ親しんだ星華公園であった。

白峰明彦(しらみねあきひこ)

ユズ、少し寄り道しないでいこう
【逆:していこう】

松原結月(まつばらゆづき)

え、でも……


 結月は戸惑うが、明彦が手を差し出しているのに気付き……結局言葉を飲み込んだ。

松原結月(まつばらゆづき)

アキは……時々ズルい


 そう思いながらもおずおずとその手を取れば結月を安心させるように彼は頷き、空いているベンチへ手を引いて向かった。

 共に腰を下ろせば冬の澄んだ風が心地良く思える。

松原結月(まつばらゆづき)

わたしが色々考えているのに気付いて……気にしてくれたんだよね


 そう思えば後ろめたい気持ちになり、俯きがちになる。
 そんな彼女に明彦が尋ねた。

白峰明彦(しらみねあきひこ)

ユズ、飲むか?


 見ると彼は買い物袋から取り出したミルクティを差し出している。

松原結月(まつばらゆづき)

あ、有難う


 一瞬驚くが、それを結月は受け取った。
 飲めば優しい甘さが口一杯に広がり、温かいのもあって……何だかホッとした。

 明彦は何も言わず、静かに結月の様子を見ている。
 結月が何を思っていたのか知りたい気持ちはあるのだが、訊く事で彼女が話しにくくなる事を知っているから敢えてそうしているのである。

 穏やかな空気が流れ、漸く結月は話す気になった。

松原結月(まつばらゆづき)

アキ、ごめんね。さっきからわたし……態度悪いよね

白峰明彦(しらみねあきひこ)

いや、どうせ救世主の事だ。何か考えていたのだろう?


 明彦は特に気にしている様子は無い。長い付き合いだ、慣れている。

松原結月(まつばらゆづき)

うん……アキはさ、わたしの事もわたしの家族の事も良く知っているよね


 問うように言えば明彦は考えながら答える。

白峰明彦(しらみねあきひこ)

長い付き合いだから……自然とわかるようになる

松原結月(まつばらゆづき)

うん、それはわかってる。だけどわたしはアキ程詳しく知れていなかったから……何だか一緒に居るのに置いてかれているような気持ちになったんだ。だってアキは……一人で何でも決めれるって思ったから


 結月の言葉を明彦は黙って聞いていたが……静かに言った。

白峰明彦(しらみねあきひこ)

寂しい思いをさせてしまったな……すまなかった


 言いながら結月の頭を撫でる。

松原結月(まつばらゆづき)

うん……


 結月は静かに応え、それに明彦が返す。

白峰明彦(しらみねあきひこ)

もうそんな事は無いようにするから

松原結月(まつばらゆづき)

うん……


 こういう時は真剣に伝えてくれる。その事が嬉しい。
 彼の頭を撫でる手が心地良くて、結月は思わず目を閉じる。
 それから暫くされるがままになっていたが、思わず考えてしまう。

松原結月(まつばらゆづき)

わたしって子供っぽいよね。アキとは大違い……


 彼は何でも受け止めてくれるのに、自分はそれが出来ない……そう思うのだ。

松原結月(まつばらゆづき)

もうちょっと大人になりたい……。そうしたらアキとの事で不安になったりなんて……しなくなるよね。それにもっと……意識してくれるようになるかな?


 そう思って目を開けると、明彦の手が離れた。

白峰明彦(しらみねあきひこ)

……それじゃあ帰るか。余りここに居ても……風邪を引いたらいけないし


 そんな明彦の腕を結月は思わず掴んだ。

松原結月(まつばらゆづき)

ま、待って

白峰明彦(しらみねあきひこ)

ゆ、ユズ……


 明彦が驚いて声を上げる。

松原結月(まつばらゆづき)

も、もうちょっとここで……一緒に居たい


 頬が熱くなって来るのがわかるが、今更引き下がれなかった。

松原結月(まつばらゆづき)

だって家帰ったら……恋人らしい事なんてなくなっちゃうし。確かに外出ても殆ど無かったけど……

松原結月(まつばらゆづき)

だ……駄目、かな?


 赤くなりながら続ければ明彦も同じように赤くなりながら……困ったような表情をしていた。
 暫くそうして見つめ合うが、漸く明彦が言った。

白峰明彦(しらみねあきひこ)

ちょ……ちょっとだけ、だぞ


 言いながらベンチに再び二人で腰掛ける。
 しかし互いに照れてしまった為、中々言葉が出てこない。
 結局そのまま暫く無言で……静かな時を過ごしたのだった。

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