虚ろな眼差しで隣りを見やる。夕食の焼き魚の先、ダイニングテーブルを挟んで2人?が睨み?あっている。
『今日のニュースです。――』
虚ろな眼差しで隣りを見やる。夕食の焼き魚の先、ダイニングテーブルを挟んで2人?が睨み?あっている。
お姉ちゃん、どうしてこっちに来ちゃったでしゅか! パァパも怒ってるでしゅよ? きっと。
だ、だって、シャウラちゃん、『ホーム』の為に、
元はお母さんの姉だと云う『シャウラ・バッハ』さんが地に届かない足をバタバタさせている。
黙りなしゃい! 小さい頃からそうでしゅ! お姉ちゃん、頭よくて、『ホーム』の科学主任まで任されてるのに、そんなふざけた格好で、そもそも髪染めないように言われてたでしょ! なのに、そんな緑色に――
以下、お母さんの説教が続いている。要点を押さえるなら、『シャウラ伯母さん』は『ガイア』の生き物によってぬいぐるみの姿へと変えられてしまった、らしい。科学者である『シャウラ』さんは異星人『ガイア』の科学力を奪おうとして、――返り討ちに遭ったらしい。
そもそも、の話。『シャウラ』さんはこの世界の人間ではなく、よく解らないけど、別の次元の存在、らしい。よく解らないけど、『ノア』の科学力を以ってこの世界に来た、ということだ。
お茶をすすりながら何とはなしにテレビのチャンネルを眺める。――お茶が美味い。
『昨夜18時6分頃、日本上空を『移動王国イングリア』が通過しました。政府は領空権の侵害を彼の地へ訴え、強硬姿勢を取る模様です。――』
昨日の坊やが乗ってた『島』ね。今になってようやく公表とはこの国も終わりが近いのかもしれないわね♪
耳?に栓をしたシャウラちゃんが仰る。お母さんの説教は続いていたけど、シャウラちゃんは全くの無視だ。
え? アリオスさんの! ど、どういう事?
『イングリア』は異星人『ノア』が残した国。『ノアの王家』が住む国よ。隠れて空を回っていたの。この地球を外敵からずっと守っていた、ということらしいわね。
タバコみたいな棒をがじがじ、と齧(かじ)っている。
イングリアは『地球を護る為』に置いていかれた組織。あたしはそう聞いてるわ。
よく見たらワンちゃん用の歯ごたえガムだ。シャウラちゃんは歯ごたえガムを指?で振り、私に向き合う。
イングリアの民は、ノアに『置いて行かれた』の。どういう意味か解る? ココちゃん。
そして、それを落としそうになってワタワタしながら再び私を見た。
捨てられたの? アリオスさん達は故郷の人たちに?
シャウラちゃんはお母さんに首根っこを持ち上げられ連れて行かれてしまった。口に手を当て可笑しそうに笑っている。
そう。彼らは『ノア』に『選ばれなかった』のよ。
※※※
【2035年、イングリア。アリオス・ロージディア】
こんなところに居たんだ。帰ってきたなら教えてくれれば良かったのに。
王宮の堀に座っていた私、その隣りに腰を下ろして姫が仰る。
う~~ん♪ 今日も陽がキレイだね!
って。大きく伸びをして話してくださった。その横顔に陽の光が反射する。眩しくて正視出来ない。
この星へ降りた我ら『ノア』は地球への永住を求め、その訴えを早々に斬り捨てられた。ノアの民は飢えていた。惑星間の移動で消耗した食糧が早急に必要だった。
辛うじて得る事が出来た食糧と引き換えに『地球国家連合』は多くのモノを我々に要求した。
彼ら地球の民は『ノア』にこの星への隷属(れいぞく)を求めた。国の柱であるノア王族の地球への帰化、そして、地球に対する絶対的な治安維持を、彼らは食糧と引き換えに命じた。
聞かなければ、私達は飢えて滅びるしかなかった。
私達は全ての要求を呑み、一途に従った。けれどそれだけでは、彼らは納得しなかった。私達の忠誠を信じようとしなかった。
痛くはありませんか?
ああコレね。全然痛くないわ! むしろ心地イイくらいよ。
地球国家連合は、ノアの希望である『マイア姫』の首筋に超小型起爆装置『パンドラ』を植え付けた。
刃向かったら最後、『ノアの希望』は消し飛ぶだろう、と。皆が愛する姫に『爆弾』を埋め込んだ。
姫の脳髄に繋がれたソレの解除方法は未だ見つかっていない。
――我らは地球の民に尽くすしかなかった。
なぁ~に悲しい目してるの! ほら! 元気出しなさいよ! これからみんなに会見しないと♪ だからアナタも騎士として同行してよね!
姫がこの手を引く。冷たい、優しいヒトの温度をソコに感じた。小さな頃から繋いでいたこの手が今は愛しく思える。全てをかけて、このヒトを護りたいと思っている。
駆け付けたステージはすでに満員だった。早朝だというのにこの『国家庭園』はヒトに溢れていた。
ノアの民、『イングリア』に住む全ての皆さん! 元気してますかー! おっはよー!!
姫が耳に手を当て民の反応を確かめている。
声が小さいぞ~! もう一度!
おはようございますっ! 姫!
おはようございます、姫様!
よろしいよろしい♪ と姫が満足げに頷く。
姫、収入が安定しません。どうしたら……、
マイア姫は、たとえ何時間かかろうと、人々の話を聞き続けた。その誠意ある姿を皆が愛していた。皆が、彼女を幸せにしたいと願っていた。
そうね……、
しばし思案した後に顎に付けた手を解放。大きく皆に開げた。
地球の方々にわたし達の絹を売りましょう! 私達が誇る天ノ蚕(あまのかいこ)の糸を!
ですが、結局は奪われるだけです。交易には至らないのです。現状では、
悲しく反論するモノにも、正しく、堂々と対応する。
なら、わたしが話し合いをしてきます! 地球各地を巡って、ノアの権利をこの地に住む皆にもたらします!
声高らかに国民へ訴えかけた。その姿を愛さないものは居なかった。
わたし達『イングリア』には2人も『王留』の騎士がいるんです! だから大丈夫! 聞いてくれなかったらこの『マイア・リメデッター』この星(ちきゅう)ごと自爆してやるんだから!
姫、私達は姫さえ無事ならいいのです! 無理はなさらないでください!
そうです! 無理はおよしください!
無理じゃないわ!
皆へ手を伸ばし姫は訴えた。
こんなの余裕だよ! 大丈夫! 全部、このマイアちゃんに任せてよ! みんな、みんなわたしが絶対に救ってみせるから!
姫の言葉に国の皆が泣いていた。
マイア姫は『イングリア』の希望だった。全ての民が死したとしても守らなければならないヒトだった。
ステージ端に控えた私へ何者かが声をかけた。
――アリオスよ。
いかにも汚らしい身なりの男性。でも違(たが)える事はない。『マーシナル・リメデッター』それが彼、我が主の名だ。膝を着き深く畏(かしこ)まる。
はい。近衛騎士『アリオス』は此処におります。
ステージ上の姫を見ながら主は言った。苦々しく、彼はこの世界を眺めていた。
――これからも頼む。マイアを、我が娘を護ってくれ。我が友『アリア』の子よ。
民を背に主は外界へ通じる道を歩いていく。
王(キング)『マーシナル・リメデッター』が振り返る事はなかった。この世界を断ち切る剣だけがその背で揺れ煌めいていた。