吾助が帰ってこない
吾助が帰ってこない
日が暮れました。
囲炉裏に鍋がかかっていて、美味しそうな匂いをさせています。
………………
鶴太郎はその前に座っていました。
与兵もその近くで鍋をかき混ぜています。
………………
吾助が持ってくる肉を入れるつもりでいたので、肉は入っていません。
与兵……
ん?
吾助は?
鶴太郎は淋しそうに言いました。
………………
落ち着け、大丈夫だ。
心配ない。
与兵は自分に言い聞かせます。
さあな
意地悪で言ったのではなく、与兵はそう答えるしかありませんでした。
「夕食には戻る」と言っていたのに、吾助は帰ってきていません。電話は置いてなかったので、連絡も取れませんでした。
吾助は与兵が考えている以上にいろいろなことをしています。
……
与兵は黙って鍋をかき混ぜました。
そして、チラっと鶴太郎を見ます。
………………
やっぱり、元気がありません。
食うか?
…………
鶴太郎は首を振ります。
吾助、待ってる。
可哀想なくらいしゅんとしています。
いつもなら、
食い物で機嫌が直るのに……
与兵はそう思って、ぐつぐつと音を立てる鍋に視線を移します。
……なんで、そんなに吾助のこと、気になるんだ?
鍋の様子を見ながら与兵は言いました。
でも、あまり鍋に集中していません。
ごはんはみんなで食べた方がおいしいんだよ。与兵だって、そう思ってるでしょ?
…………
…………そうだな。
…………
…………
鍋がぐつぐつ煮える音と、薪がパチパチはぜる音がとてもよく聞こえました。
…………
…………
…………
ふたりは無言で鍋を見つめます。
はくしょっ
鶴太郎が、くしゃみをしました。
寒いのか?
すぐに与兵は言い、おたまを置きました。
…………
鶴太郎はじーっと与兵を見つめます。
うん
そして、うなずきました。
来いよ
むっとした顔で与兵が言いました。
…………
……うん
うなずくと、鶴太郎は足を使わずに手をついてのろのろと与兵のひざ元に向かいます。
…………
近くまで来ると、与兵は鶴太郎を抱き上げて膝に乗せ、後ろから抱きしめました。
ん?
……
力を入れますが、押しつぶさないように、気を遣っています。吾助に「まだダメ」と言われていたので、抱きしめるだけのつもりでした。
鶴太郎は与兵の手を握ります。
もっと、ぎゅってしていいよ。隙間に風が入って寒い。
……
にこりともしませんでしたが、与兵はもう少しきゅっと鶴太郎を抱きしめます。
空いていた隙間がなくなりました。
……あったかい、与兵。
嬉しそうに鶴太郎が言いました。
……ふん
まったく嬉しくなさそうにうなずき、鶴太郎の耳元に、口をつけます。
くすぐったいよ……。
クスクス笑います。
鶴太郎……
ん?
するか?
無表情でしたが、耳元で与兵が言います。
ん……
鶴太郎は与兵を見上げます。
そして、目をパチパチさせました。
ううん
鶴太郎は首を振りました。
吾助、
「まだしちゃダメ」って……
与兵は手を止めます。
吾助が帰ってこなかったら、するって言ってたじゃないか。
少しすねたようです。
言ったけど……?
それが珍しいのか、鶴太郎は与兵をじっと見つめます。
まだ、来ないとは限らないよ。
鶴太郎はにっこりと言いました。
…………
かわいいです。
そんなに吾助が気になるのか?
与兵?
鶴太郎は与兵を見上げます。
……
鶴太郎は首を左右に振りました。
途中で吾助が来たら
与兵、怒られちゃうよ。
怒られるのなんて……
『なんでもない』と言おうとしましたが、
…………
怒った吾助の顔が浮かんできました。
下半身、クソ男が。
言われそうです。
これ以上なく軽蔑した目で。
……
与兵は鶴太郎に、軽くキスをしました。
……
そして、鶴太郎を優しく離しました。
与兵……?
不安そうに与兵を見つめます。
お前は
メシ食って寝ろ。
そう言って、額に軽くキスしました。
鶴太郎は、離れていく与兵にそっと触れ、寄りかかります。
こら
離れろ。
顔と声は怒っていますが、ホントは怒っていません。
聞き分けのいい与兵は
なんか変。
与兵に寄りかかって身体をゆさゆさ揺すりながら言います。
はぁ?
けっこうグイグイくるくせに
グイグイくるのはお前だ……
ちょっと怒りました。
……
少しして、鍋がおいしそうになってきたので、与兵は座っている鶴太郎を離し、お椀に肉の入っていない野菜汁をよそいました。
ボク、吾助……
待ってるよ。
それを見ていた鶴太郎が言いました。
みんなで一緒にごはん
食べたいもん……。
俺が待ってるから、
お前は食って寝ろ。
与兵はお椀を鶴太郎に渡しました。
ん……
鶴太郎はしぶしぶと受け取り、哀しそうな顔で野菜汁を食べました。
はぁ…………
与兵は小さくため息をつきました。
鶴太郎は、それをじっと見つめます。
んしょ
鶴太郎は少し遠くにいた与兵の腕に寄りかかって座り直します。
そして、足を伸ばして、野菜汁を食べました。
お行儀が悪いぞ。
注意されても鶴太郎は直しませんでした。
おい……。
やっぱり……
ん?
ごはんはみんなで食べた方が
美味しいね。
淋しそうに鶴太郎は言いました。
……
俺も食うから。
与兵はそう言って、自分の分の野菜汁をよそいます。
ほら、
ひとりじゃないだろ。
与兵はそう言って、野菜汁を食べました。
へへっ
でも、
やっぱり淋しいな……。
鶴太郎は何も言わず、吾助が座っていた場所を見つめました。
……
与兵はそれを、見ていました。