いつもと違うおじいさん
いつもと違うおじいさん
町から少し離れて、静かな場所におじいさんの診療所はあります。こちらは人通りがほとんどありません。
ジジイ、いる?
診察室に入り、吾助は言いました。
あれ? いないのか?
いつもいるところに、おじいさんの姿はありませんでした。
いるぞ
え?
すぐ後ろから、背筋が凍るような声が聞こえてきました。振り返るとおじいさんがいます。
ジジイ、便所か?
吾助は動揺したのを隠して言いました。
ああ、そうだ。
おじいさんはそう言って吾助の横をすり抜け、診察室に入ると、いつもの場所に座りました。
気配、感じなかった……
いつもと変わらないようにも見えましたが、おじいさんの様子がヘンです。
ジジイ……
と、吾助が言いかけていると、
それ、どうした?
吾助が持っている刀を指さします。
納屋に放り込んであったのを、与兵が見つけたんだ。
そんなところに入れておったか……。忘れておったわ。
いつもならバカみたいに明るく『忘れておった』と言うはずなのに、それとは全く違っていました。
口は笑っていましたが、目は笑っていません。
吾助はこんなおじいさんを、見たことがありませんでした。
ガキが納屋を使うから外へ出したんだが、量が多いから、どうしたらいいか聞こうと思ったんだ。
野ざらしで構わん。
朽ち果てても問題ないだろう。
ムダに親身なおじいさんが、そんなことを言うとは思っていませんでした。
いや、でも……、手入れしたら、いいんじゃないか?
銀次はいい刀だと言っていました。きっと、職人に渡せば、元通りの立派な刀になるはずです。
手入れは自分でやらねば気が済まないヤツだったからな。
おじいさんは何かを思い出したかのような、哀しそうな目で言いました。
これ……、
誰の刀なんだ?
ふっ
おじいさんは、顔を上げて、少し笑顔になりました。
でも、目はどこか遠くを見つめています。
百歩……、いや、千歩……、いや、1万歩…………、
………………
4万Kmゆずって……、友人の物だ。
懐かしそうに、愛おしそうに、おじいさんは言いました。
地球一周して
同じ場所にいるってことか?
地球が丸いことと、その円周がほぼ4万Kmだということを、吾助はおじいさんの本を読んで知っていました。
めちゃめちゃわかりにくい『親しい友人だ』の表現だな……
患者が来たら、お前が診ておけ。ワシはちと出かけてくる。
おじいさんはそう言って、吾助が持っていた刀を持ちました。
吾助は静かに手を離します。
…………。
おじいさんは何も言わずに出ていきました。
日が暮れても、おじいさんは戻ってきませんでした。