町に戻った吾助
町に戻った吾助
吾助は山を下りて、町に来ました。
ちょっと目を離すと、すぐに盛(さか)るんだからな。
吾助はぼんやりとそんなことを思いました。
鶴太郎をはた織りに行かせたから、大丈夫だと思うが。
…………。
まあ、いいか。
吾助は顔を上げました。
戻ってきて、改めて町を見ます。
これ、安くならない?
う~ん。
これ以上は厳しいなぁ。
これ、何?
見てわかんないの?
やだ~、
笑える~
ゴチャゴチャしてるな……。
長屋や商店があり、町は騒がしく、静かだった山の暮らしが嘘のようです。
昨日、山に1拍しただけなのに、
初めてきた場所みたいに見える……。
人の動きについていけないような気がしてしまいました。
住みたくなってこないか?
一緒に山を見ていた時の、与兵の言葉を思い出しました。
吾助は首を振ります。
俺にあんな生活……。
それに、俺はあそこですることがない……。
こっちにいる方が、
俺には……。
吾助は気を取り直し、行き慣れた道をたどります。
アニキ
以前、与兵が見たチンピラが吾助を見つけると子犬のように走り寄ってきました。
銀次
吾助は、その銀髪の男を睨みます。
お前に渡した出産祝い。
今度は多紀さんに渡したんだろうな。
今度はちゃんと渡したっすよ。
信用してくださいよ。
この前と同じようにヘラヘラしています。
賭け事ですっちまう
バカがどこにいんだよ。
すいません。
銀次は悪いと思っていないように言いました。
せっかくアニキがくれたんだし、
2倍……、いえ、3倍にして
女房に渡してやろうと……。
バカか?
すいません。
「吾助さんのために、働いてこい!」って、女房にも言われました。
でも、お前のおかげで、
まあ、多少は助かったよ。
そうっすか?!
褒めてねえからな。
へへへっ
でも、銀次は嬉しそうです。
昨晩はどこいたんすか?
家にもじいさん家にもいなかったみたいですし。
お前、俺の行動、
見張ってるのか?
たまたまっすよ、たまたま。
アニキの家の前通ったら明かりが消えてたし、人がいる気配もしなかったから。
ん……、
ちょっと……。
コレっすか?
小指を立てて、ニヤニヤ言います。
ばーか。
そんなんじゃねーよ。
いつもと言い方が違います。
あれ?
今度こそ本命か?
銀次はそんなことを思ってしまいました。
でも、ちょうどよかった。
お前んとこ行こうと思ってたんだ。
なんすか?
これ見て、なんか気が付くことあるか?
吾助は風呂敷で巻いた刀を見せます。
銀次はその形を見ただけで目つきが変わりました。
……なんか、
壮絶にヤバそうなモンっすね。
嬉しそうに言います。
こみあげてくる何かが抑えられないような。
そうか?
吾助は銀次の表情を見て、
本来、そっち側の人間だからな。
と思いました。
見せてもらっても?
ああ
刀を渡しました。
銀次は風呂敷包みを開き、そっと刀を見ました。
へぇ……
目がキラキラします。
いい刀なのか?
そうだと思ったから
持って来たんすよね?
ジジイのなんだよ。
なるほど。
納得です。
銀次は刀を風呂敷で包み直しました。
それならけっこうな代物でしょう。
わかんないのか?
俺は『切れればいい刃物』ですからね。きちんと手入れされていれば、かなりいいモンだったんじゃないすかね。
銀次は武闘派です。
でも、奥さんをもらい、一人娘が生まれ、すっかり丸くなりました。
聞いた俺が悪かったよ。
吾助は鼻で笑います。
どうも。
銀次はニヤニヤします。
はっきりとはわかりませんが、人の血、たんまりと吸ってそうですよ。艶が違う。
…………。
年代とか、わかるか?
わかんないっすけど、ずっと使われていない感じします。
これ、売ったらいくらぐらいになるか?
え? 売るんすか?!
銀次は驚いた顔をしました。
お前らの生活費に充てないと。
順調に稼げてますよ。だから、それは売らないでやってください。
なんでだ?
その……、なんていうのか……。その刀は、持ち主を待っているような……、そんな感じがします。
ふーん。
じゃあ、これ、どうするか、ジジイに聞いてくる。
じいさんに隠れて
売りさばこうとしてたわけじゃないんすか?
そんなことしねーよ。
そうっすか。
カラッと銀次は笑いました。
何か変わったことは?
ありません!
嬉しそうな顔で、銀次はビシっと言いました。
俺がジジイんとこ行って戻ってくるまでに、肉買っておけ。
そう言って、吾助は銀次に10万円を渡しました。
これ、全部、肉にするんすか?
そんなに食えるかよ。
アニキが食うんだ……。
残った金で、こないだの糸よりも、いい糸買ってきてくれ。
あれ、ウチの女房も使ってるいいヤツですよ?
多紀さんが悪いってわけじゃないんだ。織ってるヤツがけっこう面倒なヤツで……。
アニキのコレっすね。
ニヤニヤと言って、小指を立てます。
…………。
違うと言うと、説明が面倒くさいと吾助は思いました。
そいつが言うには、もっといい糸を使いたいらしい。
わかりました、
任せてください。
やる気満々な感じで銀次は言いました。
余計なことをしそうで怖いな……。
明日か明後日には必要になるから、遠出とかすんなよ。
大丈夫っすよ。
それと、しばらく戻れないかもしれないから、何かあったらジジイんとこに行け。
アニキの手は煩わせませんよ。ゆっくりなすってきてくだせえ。
そこまでゆっくりしてこないから。戻るまでに成果を出しとけよ。
はいっ
銀次はニヤニヤしています。
なんか勘違いしてるな……。
次の事業の調査をしてるだけだぞ。
またまた。コレがからんでるんでしょ?
銀次は意味深に小指を立てます。
アニキがそんなに慎重になるなんて、いったいどんな女ですか?
ばーか。
ただの金づるだよ。
吾助は目を伏せました。
へいっ
銀次はニヤニヤが止まりません。
違うからな……。
わかってますって。
言えば言うほど、銀次はニヤニヤします。
まったく……。
吾助はため息をつき、ニヤニヤしている銀次と別れ、おじいさんの家に向かいました。