ベイカー

タロットマンは芸歴20年近いベテラン占い師だ。とはいえメディアで取り上げられるようになったのは最近のことで、以前は知る人ぞ知るよく当たる占い師として小さなお店を持っていただけだった

そういえば私もあのクイズ番組からしか知らないです

ベイカー

なぜ売れるようになったのか? それは中身が変わったからだったんだ

ベイカー

占い師としての才能があった元タロットマンは人前に出るのが苦手だった。そのために仮面をつけて特に商売っ気もなく小さな店をやっていた。
だが、そのキャラクターに目をつけた弟が一獲千金を狙って勝手にメディアへの売り込みを始めたんだ

仮面をしていて兄弟なら背格好も似ている。喋らないなら声で判別されることもない。テレビのカメラ越しなら余計に判別しづらいだろうし、そもそも注目されているのは占いの内容だからね。
占いは事前に本物にさせておけばいい。確かに自己顕示欲を満たすにはこれ以上ない方法だ

ベイカー

そうだ。つまりテレビに出る弟と占いをする兄。二人でタロットマンとして活動していた

兄はマネージャーとして付き添っていたということか

え? じゃ、じゃあ本物のタロットマンって言うのは

ベイカー

そう。テレビに出ていた方ではなく、マネージャーの方だった。
しかし公開イベントで問題が起きた。今までは事前に兄が芸能人の占いを済ませていたが、観客をステージに上げてその場で占うとなれば当然やるのは弟、占いの素人だ。兄は止めようとしたが弟が押し切ってしまった。
元々気の弱い兄はずるずると公演寸前まで引き延ばしてしまったが、最後に今日のステージは自分が出ると言ったんだ

弟さんは、それを断ったんですね。自分にとって占いは目立つための道具に過ぎないから

ベイカー

そうだ。彼はこう言ったらしい。『占いなんて適当に言っておけばバカが勝手に信じ込むだけ。運命なんてあるわけない』ってね。
それに激昂した兄は弟を絞殺し遺体を控室のロッカーに隠した。
そして自分が出るつもりで用意していた衣装を着てステージに上がったというわけだ

待った。じゃあなんで一度隠した遺体は控室にあったんだ?

ベイカー

もちろん犯人が出したからさ。誰かに見つかるようにね

見つかるように? わざわざ死亡推定時刻をごまかすようなトリックまで仕掛けたのに

ベイカー

トリックだと思っていたのは警察やお前だけだ。犯人、兄が弟を殺しておいて遺体をそのままにはできないだろう。自首はできずとも少しでもいい状態であの世に送ってやりたくなるさ

 よくわからない、という表情で小岩くんはベイカーさんの話を聞いていました。

 タロットマンの弟さんの言う『運命なんてあるわけない』という言葉。小岩くんがいつも言っている奇跡も魔法もないという言葉と同じような意味のはずなのに、どうしてこんなに冷たく感じるんでしょうか?

 やっぱり小岩くんはどこかで奇跡があった方がいいと思っているのでしょうか?

でも、お兄さんがステージで完璧に公演をしたんですよね? 人前に出るのが苦手だったはずなのに

ベイカー

彼にとって占いとはそういうものだったんだろう。悩みを抱える人に対して未来が少しでも明るくなるようにアドバイスする。それこそが彼の感じている使命だった。
中途半端なことは決してできなかったんだ。彼はその殻を破れたんだろう。もっと違う形であればよかったんだけど

 寂しそうに首を振ったベイカーさんは伏し目がちに小岩くんの顔を窺っていました。

 そしてその視線を私の方へと変えます。目が合うと、なんだか気恥ずかしくなって、私は思わず視線を逸らしてしまいます。

ベイカー

ふむ、殺人事件と聞いても思ったより動揺しなかったなぁ

高校生に話すには不適切だってこと、ようやく理解してくれたか?

小岩くんっていつもこんな話をお父さんとしてるんですか?

そうだ。マジシャンだからか友人が警察にいるからかは知らないが、こうして日本に帰ってきたときも事件現場に行ってはそれを自慢話にしてくるんだよ

子どもの頃からですか?

嫌になるだろう?

殺人事件もですか。現実味がないのでお話なら平気ですけど、毎回はちょっと

 なんとなく小岩くんが大人びている理由がわかったような気がします。

ベイカー

うむ、これなら任せてもいいな

面倒事ならお断りだ

ベイカー

私は日本公演の打ち合わせや準備があるんでね。もう一件入っている事件に関しては焔に任せることにしよう

何を勝手に決めてるんだ、米介!

ベイカー

米介って言うなぁ! まぁいい。解ける自信がないならそれでも構わない

うわぁ。ベイカーさんとっても悪い顔してる

 でも、そんなわかりやすい挑発になんて小岩くんは乗らないと思うんですけど。

いいだろう。行ってやる。場所と時間は?

え? 小岩くん行くんですか? 危ないんじゃ

事件はもう起きてるんだ。これから起きるわけじゃない。それにこの世に見破れないトリックなんてない。すぐに終わらせればいいだけの話だ

えぇ。なんだか普段と違いますよ

 私のことも放っておいて小岩くんは自分の部屋に戻ってしまいます。たぶん出かける準備をするんでしょう。

 私はこんなに意固地になる小岩くんを初めて見て、ちょっと戸惑っていました。

四話:死者のステージ(解決編)Ⅱ

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