初めて小岩くんのお家にお邪魔して少しだけ彼との距離が近づいたような気がしています。

 私、村島和には気になることが二つあります。

 一つは今食べたこのおいしいアイスクリームはどこで買えて私にも手の届くお値段なのかということ。

 おいしいのでぜひお家に持って帰りたいのですが、いただくわけにもいきませんし、海外のお土産だったりしたら簡単に手に入らないかもしれません。

 そしてもう一つは今、私の目の前で丁寧なお辞儀をしている世界的有名人のことです。

ベイカー

私、稀代の大魔術師、シャーロック・ベイカーと申します

 小岩くんのお父さんということは私のお父さんとそれほど歳は変わらないと思うのですが、休みの日にリビングでゴロゴロしているお父さんとは比べものにならないくらいのはつらつとした雰囲気でとても若々しく見えました。

ベイカー

まさか焔が女の子を家に呼ぶ日が来るなんてなぁ。嬉しいぞ

だから違うと言ってるだろう! 彼女はクラスメイトでシャーロック・ベイカーがいかに怠惰な人間かを見せるために呼んだだけだ

ベイカー

そんな顔するなよー。どこまでいったんだ? 節度を守ったお付き合いをだな

あの、あの

 親子ゲンカはあまりよくないと思うのですが、この二人を簡単に止めることはできそうにありません。それにいつもと違う小岩くんを見られて嬉しいと思っている自分が少しだけいたりもしました。

うるさいぞ、米介(よねすけ)!

 小岩くんの言葉にベイカーさんの動きがピタリと止まります。

ベイカー

米介って言うなぁ! しかもよりによって私のファンの女の子の前で!

泣くな! みっともない! 自分の名前だろう

ベイカー

大魔術師がそんな名前じゃ顔が立たないだろ! しゃもじ持ってるんじゃないんだだぞ!

 本当に瞳に涙が浮かんでいるところを見ると、冗談ではないようです。もうどっちがお父さんなのかわからなくなってきました。おもしろいお父さんだとは思いますが、小岩くんも大変なんだなぁ、と他人事のように思ってしまいます。

お父様は米介さんとおっしゃるんですか?

あぁ。シャーロック・ベイカーもそこから来ている。中国読みと英語読みでシャオロック。それから名前を音読みしてベイカイ。合わせてシャーロック・ベイカーだ。センスの欠片もないだろう

いえ、そんなことは。上手な言葉遊びじゃないですか

 小岩米介からそんなに豪華な名前が出てくるならよく頭の回る方だと思います。小岩くんの頭の良さも納得です。

ベイカー

お前なぁ。私がどれだけファンを幻滅させないように努力していると思っているんだ。くたびれたおっさんの米介がやるマジックショーを見たいか? 名前もこの体もアンチエイジングも仕事のためなんだぞ!

マジックショーなんて薄暗い中に強い照明を当てた状態で遠目に見るだけだろう。それに観客が見たいのはマジックであってマジシャンじゃない。お前の顔なんて誰も見ていない

ベイカー

ちくしょう! 誰かこんな子供に育てたんだ。親の顔が見てみたい

 はは、なんだかとっても愉快なお父さんだな、と私は思わず微笑んでしまいます。

それで、どこをほっつき歩いていたんだ?

ベイカー

人を徘徊老人みたいに言うな!

ベイカー

ちょっと頼まれごとで出ていっていたんだ。もう解決した

警察にももう少し有能な人材はいないのか。こんなじいさんに事件を解決してもらうなんて

ベイカー

誰が耄碌(もうろく)ジジイだ!

いえ、そこまでは言ってませんでしたよ

 なんて言う隙間もありません。さっきから親子のコンビネーションというか、お二人の話に割って入るタイミングが少しも見つからないのです。

 普段は私が一方的にしゃべっているだけなのに、小岩くんがこんなにたくさん話をするなんて事件のトリックを語っているときくらいだったのに。

四話:死者のステージ(事件編)Ⅰ

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