でもどうしてあんなに早く解けたんですか?

 私はかろうじて固体と呼べるアイスクリームを食べながら、小岩くんに聞いてみました。外国のお土産みたいで高価なのか、溶けかけていてもとてもおいしいです。これを暗号のためだけに冷蔵庫に入れてしまうなんて。

ひらがなの並びに規則性があったからね

そんなのありましたか?

 ただひらがなを当てただけのように見えましたけど。

急用ができて出かけることになったんだろう。凝った暗号にはできなかったんだ。だから元からあるものを利用した

元から?

あれはアルファベットをいろはうたの順に当てはめただけの簡単なものだ。Iがわかった時点でなんとなく想像がついたよ

それだけでですか?

 そんなこと気付きませんでした。それどころか気付いたとしてもメモにとって順番に書かないと私にはまったく理解できないところだったでしょう。

ま、僕の父はこういう人間ということさ

暗号を残していくなんておちゃめな方じゃないですか

君は小学生の頃、家に帰ってきておやつを食べるために暗号を解く必要があるのをどう思う?

それは、ちょっと

 今ならそれも楽しいかもしれませんけど、小学生のときはちょっと嫌かもしれません。でもそれでこんな風に鋭くて深い思考が身についたのだとすれば、ある意味英才教育の賜物なのかもしれません。

だから僕は手品が嫌いなんだ。人をからかうためにあるからね

別にからかうためにあるわけでは

 手品は人を感動させるためにあるんだと思います。自分の知らない世界を見せてくれることでなんだか自分の知っている世界が広がっていくように感じるからです。

後ろには必ずトリックがある。それを言わないまま披露して、他人を騙しているだけだ

でも知らないから感動できたんですよ

僕はそれが面白くない。考え方の違いだね

 なかなか意見は平行線を辿って交わることはなさそうです。これ以上話していたら私の方が論破されてしまうのは目に見えています。

 何か他の話題は、と探していると、ダイニングのドアが開いて誰かが楽しそうに笑いながら入ってきました。

ベイカー

ただいま。っと、もしかしてお邪魔だったかな?

構わないからその笑いをやめろ

ベイカー

彼女の前でそんなに怒るなよ

彼女じゃない!

 私は小岩くんがあんな顔をして声を荒げるのを初めて見ました。いつもどこかつまらなそうな顔をして、ときどき少し微笑むくらいのものだったのに。

あの、どなたですか?

ベイカー

おっと、申し遅れました。私、稀代の大魔術師、シャーロック・ベイカーと申します

 大きく手を広げて礼をした大柄の男性を見ながら、小岩くんはやれやれと頭を振るばかりでした。

シャーロック・ベイカー

 ということは。

小岩くんのお父さん!?

 まるで正反対の派手なお洋服に身を包んだ男性を見て、私は空っぽになったアイスのカップを落としてしまうところでした。

三話:書き置きは暗号で(解決編)Ⅱ

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