――冒険者の酒場。
――冒険者の酒場。
…………と、
こんな夢を見たんです。
ロココは申し訳なさそうな顔をしながらそう言った。
泣くほど爆笑しているシャイン。腹の底からの笑いは、今、酒場に入って来たリアにも届き、同じテーブルに引き寄せた。
お、楽しそうね。
何か面白いことでもあった?
大人の雰囲気をふわりと纏い、美しい髪から春の花の香りを自然に風にのせる。
フィンクスの隣に座ったリアは、スコーンとハーブティーを注文。そこに褐色のハ……ダナンがやって来て、追加で山盛りのサラダとイカ墨スパゲティと肉料理5人前を注文した。
シャインがリアの隣に座るダナンの顔を見て、頬を膨らまし口を押さえたが吹き出す。
なぁ〜に人の顔見て
笑ってんだ?
又、何かたくらんでんのか?
笑いを堪えられないシャインに、ダナンが不機嫌を現す。
それを聞いてロココが慌てて返す。
シャインさんのせいじゃなくて
えーと……、その……、
えと…………、
僕の、僕のせいなんです。
ロココの言葉を不思議に思ったダナンとリアに夢の話を改めてする。
テーブルは大爆笑。話を聞くのが二回目のフィンクスも腹の底から笑っている。
ダナンだけは残念極まりない面持ち。しかしダナンはロココの夢なだけに声を荒らげる訳もなく、運ばれてきた肉料理をやけくそ気味に食べ始めた。
ったく、夢ひとつで
大はしゃぎか?
呑気でいいぜぇ。
フォークに肉料理を刺したまま立て、平静を装ってみせるダナン。誰から見ても、強がってみせているのは明白だ。
ちょい登場したフィンクスが
ニューハーフの王様ってのも
超笑えるじゃん。
ロココ、
何て夢見るんだよ。
それぐらいなら
いいじゃないっすか。
自分はふんだりけったりっすよ。
案外、
正夢になったりするかもな。
ん!?
そう言えばここに来る前、
リュウが良いものって言うから
付いてったのに景色が良いとか
風が気持ちいいとか、
ご馳走じゃなかったっすよ。
思い出しながら話すハルの言葉に、テーブルに居たロココ達は顔を見合わせる。「まさかな」なんて雑談を交わしている時、ハルが何かに気付いた。
少し離れたアリスが座っているテーブルがあり、コフィンとユフィも食事をしている。そのユフィのトレイに残ってあった山葡萄のタルトが残っていたのだ。
こそりと後ろから近付き、挨拶代わりにかすめ盗り、次の瞬間には空っぽの胃袋に送り込んだ。
美味ぇっす。
こんなに美味しい物、
残しちゃダメっすよ♪
満足そうなハルは、今迄感じた事のないプレッシャーを身に感じる。何故か言葉を発していないのに、
「一番の好物は最後に食べるって決めてるのよ」
と聞こえた気がした。
最近は危機察知能力が鍛えられてきたのか 、即座に酒場の入口へ走るハル。タルトを口からこぼしながら走る様は、餓鬼そのものだった。
ハルの走るラインに椅子が動いてくる。丁度シャインが立ち上がる動作で椅子が動いたのだ。猛スピードで走るハルは少しよろけるが卓越したバランス感覚で持ち堪える。
シャインの口元がチッと音を鳴らしたと思ったが、次は持っていた小瓶をハルの足元に落とす。完璧な位置への小瓶設置に、シャインの表情全体が緩む。
ハルは小瓶の底の固い部分をおもむろに踏み、体を宙に舞わせた。そのまま、夜から飲みまくっているモロゾフにボディアタックをお見舞いしてしまう。
シャインはタルトなどどうでも良かったが、面白くなりそうなので急遽イタズラを実行に移したのだ。ご満悦のシャインを見て、感心をしめすフィンクス。
あ?
お?
挑戦者か?
あん?
小僧、おぅ、
よぅ、てめぇ~。
何て瞬発力のあるイタズラだ。
見習わなくちゃな。
フィンクスもイタズラ好きだが、計画を練って用意周到に決行するタイプ。シャインの様に瞬発力はない。こればっかりは天性のもの。イタズラランキング(?)ではシャインに遠く及ばないフィンクスに出来なくても、恥ずかしい事ではないのだ。
逆にシャインは感情の赴くままに敢行する天才肌タイプ(くどいようだがイタズラの才能)。作戦らしきものを練る時はあるが、その根源は恨み等の負の感情。故に酷い目に遭いそうだが、計画が荒く失敗する事の方が多いのだ。
さて、モロゾフにボコボコにされたハルに話を戻す。
両目の周りにパンダのようなアザを作り、冗談のような体勢で気を失いかけている。半分めくれたパンツから酒瓶が挿さっているのが見える。
シャインが手を滑らせてしまった(放り投げた)フォークが、放物線を描きハルの臀部に刺さる。短い悲鳴と共に、ハルは落涙。
その時、酒場にアデルが入ってきた。
えっ!?
ハ、ハルさん大変。
どうしてこんな事に……。
優しく介抱しようとしたところ、ユフィがニコリと朝の挨拶をしてくる。足の下にはハルの臀部が…………。
アデルは場の雰囲気から、ハルが正当な報いを受けている事が伝わってきた。どちらにせよ、あの状況からハルを介抱する事は並大抵の事ではない。ハルに差し伸べる手を止めたアデルの後ろから、リュウが入ってくる。
ん?
ハル、朝から楽しそうだな。
アデルも今から飯か?
一緒に食おうか。
リュウに言われるがまま、ハルにお辞儀して場を離れるアデル。
希望が離れていく……、そう思った時、現れたのはシェルナ。外の朝日を背に浴び、後光が差しているようにも見えるシェルナに、藁にもすがる思いのハルが視線を熱烈に送る。
おはよー♪
挨拶と共にパンダのようにアザの出来たハルを認識する。いつものドタバタがあった事を推測したシェルナの視界はハルのケツに刺さった瓶とフォークに広がった。
し、し、しし、……尻尾!?
尻尾生えてる!?
ホントにパンダさんみたい~♪
プッハハハハハハハ。
ハルったら可笑しい〜♪
アハ、アハハハハハ。
ヒィ~、ヒィ~、
尻尾、シッポ、shippo、
しっぽぉ~、尻尾生えてるぅ~。
アッハハハハハハ、
フヒィフヒィ~、
アハハハハハハハハ、
ははは、はぁ〜あ。
指を指して笑い回るシェルナを見て、ロココ達のテーブルに只ならぬ雰囲気が流れる。
こ、ここまで一緒だと、
正夢かもな……
マジ?
じゃあ王様になれるかもね、
ニューハーフの。
…………
リュウと一緒にお茶をしているアデルを眺めながら、フィンクスが溜息を洩らす。ちなみにアデルは美味しそうに朝食をパクパク食べている。
流石のシャインも両眉を上げ口を半開きにして、ロココと共に驚いている。リアも驚いていたが、直ぐにひきつった笑いに変わった。
褐色のハ……ダナンだ。
脂汗を頭部から大量に流し、肉料理をツユダク状態にしている。
おい大丈夫かよ。
すげー汗だぜ。
ななな何言ってやがる。
全部正夢ってわけでも
ねぇーだろーが。
それに俺は
かつらなんて被る気はねーよ。
確かにロココの夢の中では、ダナンと思わしき男の戦死情報には、かつらを被った後という設定だった。すなわち、かつらを被らなきゃ大丈夫という、か細い理論でダナンは強がってみせたのだ。
はいよぃ~
お・ま・た・せ~♪
好機♪
イタズラアイテムの王様、バナナの皮です
あぴょ~
はぁっ!?
おお。
すげぇ。
あわわわわわわ……
ミリーナが持ってきたのは、ダナンが頼んだイカ墨のスパゲティだった。瞬時にイタズラを敢行したシャインのバナナの皮を踏み滑るミリーナ。飛ぶイカ墨スパゲティ。直地ならぬ着頭した先はダナンのハゲ頭の上だったのだ。それは、ウェーブのかかった黒髪のかつらそのものと言ってよいほどだった。
旦那……
それってかつらっすか?
ハルのセリフがトリガーとなり、突然起こった現象に笑いが点火される。
今から迷宮に命を懸けて挑むと者達とは思えぬ爆笑。その後――スパゲティはハルがたいらげたらしい。