――牢獄の生活は過酷そのものだった。

 死刑囚のボス・モロゾフに目を付けられたハルは、呼吸するようにいびられ、看守も因果応報と見て見ぬふりをした。ハルの精神は、ドブで生きるネズミの排泄物よりも腐っていた。



 絶望のドン底で突っ伏すハルに手を差し伸べたのは、修道院から牢獄に訪れて愛を説く活動をしているアデルだった。彼女も討伐パーティの一員。目も当てられぬ程に変わり果てたハルを見て、言いようのない哀れみの目を向けるアデル。どうにかして助けてあげようと心打たれたアデルだが、看守の目がそれを許さない。それでも諦めず、ハルに優しい声をかける。



「ハルさん、何とかして助けます。絶対に諦めないで下さい」



 齢50にもなろうかというその笑顔が、天使のように見えたハル。落ちぶれて三十数年、ここ最近で一番心安らぐ瞬間だった。






 アデルが、ふと何かに気付く。看守の顔に見覚えがある。これまた同じ討伐パーティにいたユフィだ。ユフィは笑顔でアデルに手を振ってきた。

 顔は笑っているが、絶対に罪を許さないと言ったような断固たるその意思が伝わってくる。勿論、ハルを助けようとするアデルの気持ちを充分に理解した上でだ。



 ユフィは法に仕え、法を重んじ、法を厳守する事を使命と感じていた。そこに、旧知の者だからと言う余分な思考はなく、法の加護による平和を求めているのだ。





 ユフィの目を盗んで逃げだすなんて到底無理――一瞬でその考えに到ったアデルは、スッと立ち上がる。




 一部始終を見ていたズタボロのハルは、嫌な予感がしてアデルの顔を見上げる。アデルは何かを諦めたような表情で、ハルに一礼して牢獄を後にした。

 アデルはそっと涙をこらえて牢獄を出た。
 今は王様になったと聞く旧知のフィンクスにお願いしようか……。彼はニューハーフになったと風の噂に聞くが、そもそも簡単に会える立場ではない。

 あーでもないこーでもないと、どうにかハルを助けてやれないか思案していた時、目の前に懐かしい顔が通りかかる。討伐パーティのリーダー、リュウだ。33年の歳月が流れた今も、昔と全く変わっていない。おそらく今年60になる頃なのに、過剰な表現ではなく、全く変わっていない。息子なのでしょうか? とアデルは考えたが、どうも違うようで、のんびりと言うものは時間の流れも捻じ曲げてしまうのですね、と、真面目に感じていた。

 二人は再会を喜び、昔話に花を咲かし始める。いい大人が立ち話というのもどうかと、カフェでお茶を始める。現状報告や思い出話、話は多岐にわたり尽きる事はなかった。楽しかった。本当に。




 色黒の大男、なんと言う名前だったか、確か、え〜っとぉ、あの〜、その〜、まぁ、いいや。高級で良い香りのするオシャレなクッキーを頂きながら、ロイヤルミルクティーをたしなみ思い出す。毛のない色黒大男が戦死した事を。



 いくら考えても名前を思い出せないが、戦死する少し前に色気づいて黒髪のカツラを被っていた気がする。だがまぁ、どうでもいいかと二人でせせら笑った後、ハルのことをすっかり忘れ解散した。

 ――その頃、牢獄では、隣国のレイマールから、やはり討伐パーティだったシェルナがユフィを訪れていた。レイマールに戻った後も、ディープスに顔を出し、苦楽を共にした仲間と友好を深めていた。屈託なくユフィに挨拶するシェルナ。皆から愛されるそのキャラは、老いたりと言えど今も変わっていない。



 そのシェルナが、牢獄にいる惨めで落ちぶれたハルを発見する。もはや希望を捨て去っていたハルは、逆に旧知の者を恐れた。傷付けられたズタボロの精神は、崩壊寸前だった。



 シェルナはハルを見て…………指をさして笑った。侮蔑とか嘲笑ではない。純粋な笑い。腹の底から何かが可笑しいらしく、堪えきれない笑いで包まれていた、一人で。まるで旧知の者が、恥ずかしいコスプレをしている所を、偶然発見して笑っているようだった。

「アハ(^∇^)アハハハハ♪
ハルったら可笑しい。
(^∇^)アハハハハ
(*´∀`*)アハハ、
アハ(゚∀゚≡゚∀゚)アハ、、、、、、
( ゚ω゚)・;'.、ゴフッ
((*´∀`))アハハハハハハ
。゚(゚ノ∀`゚)゚。ウフフフフハハハ
ハハハ┌(。Д。)┐ アハ八ノヽノヽノヽノ \♪
はぁ、はぁ、ハあ〜あ」

 シェルナは耐え切れなかったのか、笑い転げながら牢獄を後にした。

 ~湧章~     110、牢獄での再会

facebook twitter
pagetop