【????年。柊モカ】

 腕の出血はとりあえず止まっている。口にした栄養パックを放りボクは『いっか』の腕を取った。扉を開けた先は真っ暗だった。腕を引きボク達は高台まで駆けた。

 ……意を決し口を開く。

モカ

……い、『いっか』、



 思わず左手で頭を抱える。ボクは何を言えばいいのでしょ? 頭の中が空っぽだった。

真紅

えと、『いっか』が新聞屋しゃんと交わした約束って、……結局なんだったんでしゅか?



 頭を掻きむしる。こんな事を言いたくてボクは『いっか』を呼んだんじゃないのに!

ごみ

そ、そうじゃなくてでしゅね、……『いっか』!



 見上げた。空と交わるような『いっか』の顔を仰ぎ視る。

真紅

ぼ、ボク、『いっか』の事が!!



 瞳を閉じて吐き出した。もう絶対に逃げない!

ごみ

好きでしゅ! あの日、未来でお世話をしてくれた『いっか』も! 今、此処に居る『いっか』も!



 夢中で言葉を紡いだ。全身を使って訴える。

モカ

サヨナラするのにごめんなしゃい。けど一言『いっか』に……


『いっか』がボクの腰を抱いた。強く体が触れ合う。

壱貫

また会おう。新しい俺達の世界で、きっとまた。

 眼が涙で霞む。『いっか』の胸の中、血よりも強く『いっか』の汗が香った。

壱貫

あと、さっきの質問だが、


 愛しいヒトがボクを正面から視る。
 そして、ボクのちっさい頭をくしゃりと撫でた。

壱貫

……『モカ』という可愛い女を、守り助けて欲しい。支えてやって欲しい。という事だ。


 そして、いつものように『いっか』がにこやかに微笑んだ。

壱貫

今更、だな。

モカ

……。



 ボク達は体を重ね星の煌めきの下(もと)、――2人だけでキスを交わした。

【★2015年★ 柊なゆた】

 繰り返されるサヨナラの中、私はモカちゃんに手渡した。
『存在の石』と一冊の本、……絵本に成りたくて成れなかった私の記録を。
 そして訴えた。

なゆた

これ、私達が出逢った確かな意味だから、柊なゆたが、柊モカを拾ったっていう証だから。……モカちゃん。貴女だけでも覚えていてよ。お願いだよっ!


 離れていく腕と腕、交し合った笑顔の先で、私の時間から一隻の船が離れていく。その窓から覗く笑顔を、私は、

 ……いつまでも、遠くどこまでも見つめ続けた。『夏』の匂いを感じ始める闇夜の中を夢中になって追いかけた。視界の先のモカちゃんを、彼女との思い出を自分の中から失ってしまわないように、真実が虚構に成り下がって仕舞わないように抗い続けた。

 ――そして数分後。『いっくん』が家へと帰り、夜空を駆ける一粒の星を、私は独り眺めていた。

なゆた

あ、あれれ? だよ。



 私は、……何か、……何か大事なものを無くした気がした。
 何かは分からない。だけど、

なゆた

あれれ? あれれ? 何で、何でかな?



 とても、とても大事なものを無くした気がして、夢中で夜空の下を駆けた。『冬』の香りがまだ残る風の中を、私は躓いて、転びそうになって、それでも求め走り続けた。

 とても穏やかで愛しい日々、誰のものかも分からない笑顔と涙の記憶が私の中を駆け巡る。


 頬を幾筋もの涙が伝った。記憶も自分の行為も私には理解出来ない。

なゆた

苦しいよっ。……ちゃん、私苦しいよ! 分かんないよおおぉ!!


 ようやく辿り着いた街のゴミ捨て場で、何度も、何度もその金網を叩いて吐き出した。夜が明けようとする中、何も無いそのゴミ捨て場で、そこに何も無い事に、


 ――私は涙した。地に突っ伏し子供のように泣きじゃくる。怪我もしていないのに何故か身体中が痛い。――痛くて涙が止まらなかった。

【第37話】さよなら、またね。

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