【????年。ピンクガール】
【????年。ピンクガール】
撃ち放った弾が弾かれ辺りへ飛び交う。3種の神器の1つ、『蒼猫ファジー』をバラシて作られた小銃『ライセン』で時を止め何十という弾を撃ち放つ。けれど、目の前の奴『桜壱貫』は止められた時間の中で、その一発一発を確認しハジき落した。人間の技量じゃなかった。
どんな眼してんのよ! あんたっ!
私の呻きを気に留める事無く奴は迫る。
私は後退しつつもこの『白虎ライセン』で奴の心臓を狙い撃ち続けた。私は自分の勝利を疑っていない。
……無駄だ。
黒い鍵爪にハジかれる。
戦闘が始まって10数分? 止まった時間の中じゃ解らない。計75発の銃弾を放っている。弾の物質化を保つにはほぼ限界の数字だ。
――けれど、これこそが勝つ為の布石。
今、この75発の屍を以って、『ライセン』のライセン(自由)たる能力を解き放つのだ。
距離を10メートルに縮められた今、私は満を持して『ライセン』のチカラを発現した。
舞えよ跳弾! 白き虎の名の元に!
今まで放った弾丸、打ち落とされ、取り除かれた全ての銃弾が桃色の輝きと共に姿を現す。『蒼猫ファジー』を元に創られたこの武器の本来の能力、
『不死なる弾のオートホミング』で75の方位から、奴の心臓へ向け撃ち放つ。
けれど、奴は悠然の構え、驚きさえしなかった。
――これで終わりなのに……。
降り注ぐ弾丸の嵐の中で意識が逆行した。
何でもないような事が、本当に何でも無いつまらない事が――思い出された。
――あれは何処だったのか。
私の相手を何だかんだと構ってくれた男の、傍からみたら無関心な表情と、
そこで聞いた、穏やかで心落ち着いたピアノの調べ。――あのとき、癒され、苛立ち、そして共感できた、苦しさ、愛しさ。
歪んだ星空の下、私の前で弾の嵐の一方を弾き、他の全てを避けた男が居る。それでも動く75発を悠然と対処する男を前に、……ピアノの調べを思い出した。
何故か、……腕から全ての力が抜けた。
……何故止めた。
声を荒げた。私自身が、自分の気持ちを一番理解出来なかった。
分かんないわよ。
たちの悪い病気のように、たった10数日の学園生活が頭を過ぎった。
馬鹿みたいに普通の生活だった。けれど、初めてのことばかりだった。
自分を叱るおじさん。隣で笑いかける同年代の女の子。初めての学校生活。
初めて、同じ目線で見た子供達。自分に興味を寄せる男の子。自分の容姿を羨む女の子。
馬鹿みたいな……恋話、……とか。
全て、全てが初めてで、全て全てに憧れた。
た、ただ……、
その中に居た少年。父たる人に『必要があれば殺せ』そう言われた対象、そいつが見せた穏やかな微笑み。それにどれだけ心が痛くなっただろう。何故痛くなったのかは分からない。でも、すごく私の中で刺さった。
なんで、なんであの時ガールを殺さなかったのよ! あんたを殺しにやってきた私を、……なんで殺さなかったのよっ!
彼は、目の前で動きを止める銃弾を掴み、指の先で転がして、
横柄に、でも真顔で私へ腕を伸ばした。
聞きたくば、頭を下げて聞きに来い。
私の前で太く長い指を差し出し微笑む男の子、
――そいつの名は『桜壱貫』、すごく生意気なのに、真っ直ぐ過ぎた男の名前。
……茶の一杯くらいは出してやろう。
その腕を見つめ、私は笑った。この男の馬鹿さ加減に本当に可笑しくなって。
――もう充分だと思った。こんな奴らの世界がこの世のたった1カ所、何所かに1つくらいはあってもいい。私はそう思う。少しくらい残してあげても良いと思った。それに私は、『ピンク・ガール』は最高に楽しんで、ここまで命一杯生きてきた。
後悔じゃない。充分以上の満足と達成感を覚えた。
己の額に愛銃を構える。彼に向かいようやく笑いかけることが出来た。
うん。いつかあんたに聞きに行くよ。
つんざくような『桜壱貫』の叫びを無視し、私は引き金を引き絞った。