二ノ宮 花楓

…………

……これで、よかったのだろうか。自問は続く、あの時からずっと。

二ノ宮 花楓

……いいえ、決めたことを簡単に覆したり、しない

おっしゃる通りです

シャル

私たちがしてきたことのすべてが、今更どうこうなるものであるのなら、話は別ですけれどね

窓のほうでしゃらんとひと鳴り、そこには黒猫のシャルがいた。言葉を話すということは……

二ノ宮 花楓

……時屋さん

シャル

お久しぶりです、二ノ宮花楓様

しゃんと背筋を伸ばした黒猫が行儀よく小首をかしげた。そして、こちらへ寄ってくる。

二ノ宮 花楓

お電話するつもりでしたのに

シャル

いえ、直接貴女のお顔をみながら、お話ししたいと思ったので

二ノ宮 花楓

……そう

二ノ宮 花楓

こちらからはみえないのが、残念です

シャル

相変わらず、お美しい……そして、お若いままだ

二ノ宮 花楓

嫌味でしょうか?

シャル

いいえ、みたまま、そのまま事実を述べただけですよ

二ノ宮 花楓

さあ、もういいでしょう、こんなこと

二ノ宮 花楓

本題に入りましょう

シャル

……ええ、そうですね

二ノ宮 花楓

……由宇は、とても賢いわ

二ノ宮 花楓

正蔵さんが対価としたあの結晶がまだ店にあるのだろう、と言ってきました

二ノ宮 花楓

きっと、仮説でもないよりはいい、という程度にしか思っていないのでしょうけれど、それが当たっている。確信を与えないように返事をしましたが、由宇ならいずれ、やはり正しいと結論付けるでしょう

二ノ宮 花楓

そうしたら自ずと、私が対価を既に支払っていることの証明にも、そもそも私が時間屋との契約者であるということの証明にも、なってしまう

シャル

私が舞花さんに余計なことを言ってしまったことも、いけませんでした。そこは私の落ち度です

二ノ宮 花楓

まったくです

二ノ宮 花楓

……なんて、私も舞花の様子を見兼ねて由宇に助けを求めてしまったので、お互い様です

二ノ宮 花楓

他に方法がなかったとはいえ、もうすこし慎重になるべきだったんです

二ノ宮 花楓

とはいえ、私が契約者であるかもしれない、そういう推論が立ったところで、きっとそれ以上考えを進める材料はないでしょう

シャル

貴女は晴れて契約遂行、と相成るわけですか

二ノ宮 花楓

そうなってほしいのでしょう、貴方も

シャル

当然です、契約遂行は絶対的な義務ですから

二ノ宮 花楓

それならもう、これ以上あのふたりに情報を与えてはならない、これで異論はないですね?

二ノ宮 花楓

私は、正蔵さんには出来なかったけれど、だからこそ由宇には、自分のために生きてほしい

二ノ宮 花楓

誰かのため、など、あまりに重たい。あの子にはこれ以上背負ってほしくない

二ノ宮 花楓

どうか、協力を

シャル

頼まれるまでもありません、利害は一致していますから

シャル

それでは今日は、失礼します

黒猫が、窓辺へ戻っていく。しゃら、消える。
相変わらず、彼は抜かりのない。

二ノ宮 花楓

私は、揺らいだりしない

由宇の時間を、取り戻さなければ

第二十九話へ、続く。

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