……これで、よかったのだろうか。自問は続く、あの時からずっと。
…………
……これで、よかったのだろうか。自問は続く、あの時からずっと。
……いいえ、決めたことを簡単に覆したり、しない
おっしゃる通りです
私たちがしてきたことのすべてが、今更どうこうなるものであるのなら、話は別ですけれどね
窓のほうでしゃらんとひと鳴り、そこには黒猫のシャルがいた。言葉を話すということは……
……時屋さん
お久しぶりです、二ノ宮花楓様
しゃんと背筋を伸ばした黒猫が行儀よく小首をかしげた。そして、こちらへ寄ってくる。
お電話するつもりでしたのに
いえ、直接貴女のお顔をみながら、お話ししたいと思ったので
……そう
こちらからはみえないのが、残念です
相変わらず、お美しい……そして、お若いままだ
嫌味でしょうか?
いいえ、みたまま、そのまま事実を述べただけですよ
さあ、もういいでしょう、こんなこと
本題に入りましょう
……ええ、そうですね
……由宇は、とても賢いわ
正蔵さんが対価としたあの結晶がまだ店にあるのだろう、と言ってきました
きっと、仮説でもないよりはいい、という程度にしか思っていないのでしょうけれど、それが当たっている。確信を与えないように返事をしましたが、由宇ならいずれ、やはり正しいと結論付けるでしょう
そうしたら自ずと、私が対価を既に支払っていることの証明にも、そもそも私が時間屋との契約者であるということの証明にも、なってしまう
私が舞花さんに余計なことを言ってしまったことも、いけませんでした。そこは私の落ち度です
まったくです
……なんて、私も舞花の様子を見兼ねて由宇に助けを求めてしまったので、お互い様です
他に方法がなかったとはいえ、もうすこし慎重になるべきだったんです
とはいえ、私が契約者であるかもしれない、そういう推論が立ったところで、きっとそれ以上考えを進める材料はないでしょう
貴女は晴れて契約遂行、と相成るわけですか
そうなってほしいのでしょう、貴方も
当然です、契約遂行は絶対的な義務ですから
それならもう、これ以上あのふたりに情報を与えてはならない、これで異論はないですね?
私は、正蔵さんには出来なかったけれど、だからこそ由宇には、自分のために生きてほしい
誰かのため、など、あまりに重たい。あの子にはこれ以上背負ってほしくない
どうか、協力を
頼まれるまでもありません、利害は一致していますから
それでは今日は、失礼します
黒猫が、窓辺へ戻っていく。しゃら、消える。
相変わらず、彼は抜かりのない。
私は、揺らいだりしない
由宇の時間を、取り戻さなければ
第二十九話へ、続く。