月曜日、まったく授業に集中できないまま一日を過ごし、ようやく放課後を迎えた。

羽邑 由宇

それじゃあ、行こうか

二ノ宮 舞花

うん

神原 秋帆

ふたりとも、リラックスリラックス!

秋帆の笑顔に、ありがとう、と返し、私と由宇は病院へ急いだ。

二ノ宮 花楓

あら、ふたりとも、いらっしゃい

羽邑 由宇

こんにちは、お久しぶりです

二ノ宮 舞花

おばあちゃん、よかった、起きていられるんだね。なかなか来れなくて、ごめんね

二ノ宮 花楓

いいのよ、時々でも顔をみせてくれるだけで、嬉しいから

穏やかな表情に、ほっと安心する。まだ、倒れたあの日から、それほど日数が経過したわけではない。油断はできないと、医者は言うそうだ。

すこしの雑談のあと、妙な沈黙が落ちた。……おばあちゃんは、なにかに気づいて、なにかを待っているような面持ちだった。

羽邑 由宇

ああ、バレバレみたいですね……そろそろ、今日此処に来た理由をお話してもいいですか?

二ノ宮 花楓

ええ、もちろんよ

由宇が隣で息を呑み、静かに話を始めた。

羽邑 由宇

まず、報告から。花楓さんが入院している今の状態でも、時間を買うことは可能だって

羽邑 由宇

そのためには、花楓さんの私物で、付き合いの長い親しみ深い品物が必要だって……

二ノ宮 花楓

そう、なにか用意しなければいけないわね

羽邑 由宇

その必要はないですよ

二ノ宮 花楓

……どういうことかしら?

羽邑 由宇

それは、花楓さん、あなたがいちばんよく知っているはずです

羽邑 由宇

花楓さんが長年大切にしてきた結晶は、すでに時間屋にあるんですから

おばあちゃんが簡単になにかを話してくれるとは、思えなかった。

だから私たちは、切り札にもならないけれど、ひとつの仮説を立てて、それをまずおばあちゃんに突き付けることに決めたのだ。

つまり、時屋さんが言っていた、「すでにもらっている対価」とは、おじいちゃんが時間屋へ預けていた結晶のことなのではないか、と。

時間屋のことを知っていたのはおじいちゃんと由宇だけ。……おばあちゃんもそうだけれど、おばあちゃんが時間屋を訪れたことがないなら、結晶を取り戻すことのできた人はいないことになる。

それならまだ結晶は時間屋にある、はずだ。

そして由宇は、おじいちゃんが時間を売っているとき、結晶が削られていく様子をしっかりみていた。

それが対価となり、今もまだ有価なのではないか。

おじいちゃんは寿命という対価を支払っていた。それなら、おばあちゃんの結晶が削られる意味はない。

……意味があるとすれば。

穴だらけの仮説だが、きっとないよりはマシだ。

羽邑 由宇

花楓さんは、舞花に時間屋へ依頼しに行くように頼む以前から、時間屋との契約者だったのではないですか?

おばあちゃんの死角で、由宇の手が震える。私はただ、おばあちゃんの表情をうかがっていた。

二ノ宮 花楓

…………

二ノ宮 花楓

面白いことを言うのね。なにかあったの?

羽邑 由宇

…………

羽邑 由宇

質問しているのは、僕のほうですよ

二ノ宮 花楓

だって、そんな事実はないもの。不思議だから、理由を尋ねているのよ

羽邑 由宇

そういう事実がないのなら、今の話はなかったことにしてください

羽邑 由宇

じゃあ明日また来ますから、時間屋さんになにを持って行くか、考えておいてくださいね

二ノ宮 花楓

ええ、面倒かけてごめんなさいね

羽邑 由宇

いいんですよ。……舞花、行こう

二ノ宮 舞花

あ、うん、おばあちゃん、またね

羽邑 由宇

……全然、うまくいかなかった。きっと、想定していたんだろうね

二ノ宮 舞花

由宇は、なにも気にする必要ないよ……任せっきりで、ごめんね

羽邑 由宇

いや、いいんだ。僕が甘かった

羽邑 由宇

とにかく、もうすこしなにか考えてみよう

第二十八話へ、続く。

pagetop