Wild Worldシリーズ
Wild Worldシリーズ
レダ暦7年
セシルとアスター
3
セアト王は病死する前、次期王にレダを指名した。
病床のまま、声を出すことなく、傍で見守るレダに微笑みかけた。
最期にキラリと輝いたセアト王の瞳に、レダはハッとした。
その意味を理解したのだ。
その重さも、セアト王がどれだけ自分を信頼してくれていたのかも。
そして、セアト王は目を閉じる。
レダは、深々と礼をした。
彼の遺志を継いで、この国を、守っていくことを心の中で誓った。
セシルも同じ場所にいた。
いつも仕えていたセアト王。
彼が亡くなる瞬間も目をそらさず、命のともし火が消えていく様を、拳を握って受け入れた。
セアト王の、王家の血筋は、公に知られている者はアスター一人だった。
アスターはまだ幼く、その上、女王など認められない世論があった。
万が一アスターが女王などになれば、それを理由に隣国に攻め入られていたかもしれない。
セアト王が長くないことを見越して、アスターへ婿養子の話も貴族たちから上がっていたが、そんなものは生前セアト王自身で全て断ってきた。
レダは、王になるのと同時に、セシルにアスターに付くように命じた。
彼は以前からずっとアスターのことは気がかりだったが、自分が王になってしまえば、アスターひとりに構ってばかりもいられない。
だから、セシルを指名した。
彼ならば、アスターを守ってくれる。そう直感した。
国が変わっていく。
セシルは、日の当たらない廊下を黙々と歩き、やがてひとつの扉の前に来ると、重いその扉を両手でしっかりと開けた。
その瞬間から降ってくる、光。
やっときたか。
そんな想いで、セシルはアスターの前に立つ。
隠し通路がある
セシルはアスターの手を握ったまま、低い声で言った。
セシルの目の奥は、強く光っている。
それは生きる意志だった。
アスターとは真逆に、セシルは生きていこうとしていた。
アスターと。
傍に居続けていたアスターと、ずっと、この先も、生きていこうと決めていた。
セシルの人生はアスターのものだ。
多分、セシルはそれを望んでいた。
ただし、一緒に生きることを条件で。
アスターといつまでも共にあることで、それを自分の人生としたかった。
行こう
祈るように、アスターに話しかける。
使い捨てられた人形のように、アスターはまだ何も反応しない。
アスターは、最初から心を閉ざしていた。
誰に対しても、心を開かなかった。
セシルは歳の近い自分になら話してくれるかもしれないと思っていたが、そんなことはなかった。
最初は、彼女の心を開こうと必死だった。
が、次第に諦めていった。
しかし、時が経つにつれ、アスターは心を開いていった。
それはまるで花が咲くように、ゆっくり、ゆっくり。
確かに、アスターはセシルに心を開いていった。
時間が解決するものもあるのだと、セシルは知った。
レダ王に話はつけてある
セシルはアスターの手をやや強引に引っ張り上げた。
力の方向そのままにアスターは動かされ、細い身体はセシルの腕の中に収まった。
無反応の彼女を抱きしめながら、セシルは懇願した。
ここから逃げよう
そしてさ、やり直すんだ。今からでも
付き合うからさ
アスターの存在を、呼吸を確かめるように、抱きしめる力を強くすると、かすかにその体温を感じ、セシルは涙を流しそうになった。
セアト王が亡くなってから、時々、思い出したようにラムダがやってきた。
やがて総隊長になった彼は相当忙しいはずだが、そんな様を微塵も見せない。
思えば、アスターに普通に接することが出来るのはレダ王とラムダだけではないのか。
そもそも、アスターの存在を知る人物も限られてくる。
来客があると、セシルは、一歩引いたところでアスターを見ていた。
僅かな言動で、アスターの感じているものを読み取ることが出来るようになっていた。