Wild Worldシリーズ
Wild Worldシリーズ
レダ暦7年
セシルとアスター
4
どうして、セシルは……
久しぶりに、本当に久しぶりに、アスターが口を開いた。
声は低く掠れ、注意しなければ聞き取れないほどに小さい。
セシルは、その声に集中して耳を傾けた。
わたしにかまう?
フラウ暗殺を企てた。
そうして心が壊れたアスターに、何度も話しかけ、心を取り戻そうと努力した。
理解者とは言いがたいかもしれない。
だけど、味方だった。
最後まで、アスターを見捨てることのなかった、そして今後もアスターの傍にいるであろうただひとり。
アスター?
誰もがわたしを見捨てていった、のに……
アスター
セシルは抱きしめる腕に力を込めた。
自分は決して見捨てない。
ずっと傍にいる。
そんな意思表示でもあった。
好きだからだよ
アスターは、セシルの胸の中で、無表情のまま涙を流していた。
アスター、好きだよ
セシルって何者です?
ラムダが自分に敬語を使うようになったのはいつごろからだったろう。
レダはそんなことをふと思う。
セシル?
この日レダは、ラムダを引き連れて兵舎の視察に来ていた。
道すがらの、ラムダの突然の質問。
セシルか
レダ王は少し考えた。
ラムダは真っ直ぐに自分を見据えている。
昔から、ラムダのこの目が好きだった。
あいつは、セアト王の隠し子だ
は?
何気なかった質問に帰ってきた重い答えに、ラムダは一瞬動きが止まった。
フラウ、アスター、セシル……
みんな、腹違いのセアト王の子だ
さらりと、レダ王は大きな秘密を放つ。
相手がラムダだから、信用できるし、彼ももう総隊長だ。
国の事情を知ることも必要だろう。
じゃあ、王位継承は……
ラムダは少し引きつった。
誰かが動けば、真実がどこにあるのか分かる人が分かれば、歴史は今と大分変わっていたのではないだろうか。
普通ならセシルだな
まぁ、成り行きのような形だ
ほんの少しの偶然が重なって、俺が王になっただけさ
王になってから、レダは言葉に重圧が増した。
とラムダは思う。
さらりとした会話も、どこか重い。
だけどラムダは指摘しなかった。
王に対して失礼だし、多分、レダ自身気づいてはいない。
セシルは知って?
知らんよ
レダ王はあっさりと言った。
本人は、セアト王の親族の子だと思っている
それもかなり遠い血筋の
ラムダは絶句した。
レダが嘘を言わないのは、よく知っている。
しかしこれが真実であれば、どこか、何かやりきれない。
王家の陰謀は見えないところでかなり複雑な事情になっていた
レダ王は遠い目をした。
セシルが、アスターを連れて出て行く。
そう報告に来たことを思い出した。
アスターを庇いながら隠れ住むつもりなのだろうか。
彼らを想えば探すわけにはいかない。
そうなれば、王家の血筋はもうアルトにしか残っていない。
アルトはアーチェに任せ、ケルトが篭っていたミカエルの丘に住まわせている。
レダはフラウ暗殺の事実を知らないが、何となく察していた。
レダ王は、それを全て知っていた?
セアト王に全てを聞いていた
セシルの母親は、反セアト派の娘で、公に出来なかったんだ
その意味では、フラウと同じだな
フラウ?
フラウは女だから隠されたんじゃないのか?
違う。母親が反セアト派だったんだよ
そうじゃなければアスターのような扱いになっただろうな
ラムダはよく分からなくなってきた。
フラウとセシルは姉弟だった?
それも違う。みんな腹違いさ
……なんか、ふらふらする
久しぶりに聞いたラムダの素直な言葉遣いに、レダ王は少し笑みをこぼした。
セアト王は無類の女好きだったのさ
その夜、少ない荷物を持って、セシルとアスターは秘密の通路を抜けた。
闇に紛れるように移動し、馬車でスプウィングへ、そこから船でリバーストーンへ。
そこからまた船で遠い大陸へ。
その後のふたりを知るものは誰もいない。