Wild Worldシリーズ

レダ暦30年
水辺の音色

3

 

 

  早朝のにおいは好きだった。

 兵は皆交代で眠っているから、どんな時間帯でも起きている者はいた。

 そのはずだが、人の呼吸を感じない。

 みんなどこにいるのだろう。




 休みすぎて目が覚めてしまったジャンは、誰かと話をしようと簡単な装備だけして外に出た。

 歩いていれば誰かに会えるだろうと思っていたが誰にも会えず、とにかく身体を動かそうと先まで歩いてみた。



 ここは要塞だが、周りには小さな農村があり、この辺の人々は田畑を耕して生活をしている。

 辺境に暮らしていながら穏やかで、温かい。

 兵士のジャンにもやさしく接してくれる。



 ここから東側、フェルケ砂漠の方角に小さな川があり、流れは緩やかで、めだかが泳いでいるくらい水はキレイだ。


 そう聞いていたジャンは、そこに向かってみた。

 散歩には丁度いいだろう。




 人々がまだ起き上がる前、静まり返る人家を横目に東へ。

 道中の自然に満ちたあまりに平和な景色に、ジャンは自分が兵士で遠征にここまで赴いたことを忘れそうになる。


歩き続けていると、聞いたこともないような音色が、向かう先から流れてきた。

 思わず一度、足を止める。

ジャン

何だ? ……笛?

 音に誘われるように歩いていくと、噂に聞いていた小川を見つけた。

 川幅はそう広くなく、浅く、されど流れが途切れることはない。


 ジャンは、ふらふらと近づいていく。


 水面は、昇りたての陽に晒されてキラキラと輝いていた。

 浅い小川にしゃがんで指先を浸すと、冷たくて気持ちよかった。

 ふいに、笛の音が止んだ。

ラムダ

ジャンか?

 振り向けば、ラムダ隊長が少し驚いた様子でジャンを見ていた。

 大きな岩に腰掛けて、涼しげに風に吹かれている。


 ジャンは驚いて、立ち上がりしゃんと背筋を伸ばす。

 必死に頭を回転させた。

ジャン

あ、隊長、自分今休憩で

ジャン

何も悪いことなんてしていないのに、何言い訳しているんだ

上手く言葉が出てこず、たじろいでしまった。

 しかしいきなり格上の人物が目の前に現れては、誰だって取り繕う。


 ラムダは、微かに目を細めた。

ラムダ

単独行動は控えろと言ってあったはずだが

ジャン

それは……

ラムダ

まぁ、仕方ない

 ラムダが呟いて、沈黙が落ちた。

 ジャンは、自分が要塞を離れてここまできたことをラムダが特に咎めていないことに気付いた。


 さらさらと、小川の音が聞こえてくる。

 ジャンは小川を眺めた。

ラムダ

キレイな川だろ、俺もよく来る

ジャン

はい。農村の人に聞いてやってきました

ラムダ

あぁ

 早朝のせいだろうか、ラムダは口数が少ない。


 再び訪れる静寂。

 せせらぎの音。



 さすがに気まずくなったジャンは、視線のやり場を探して、ふとラムダの持つ見慣れないものに気付いた。

ジャン

隊長、それは?

ラムダ

それ?
……あぁ、オカリナのことか?

ジャン

オカリナ?

聞きなれない言葉に、ジャンは首をかしげた。

ラムダ

楽器だよ、砂の街に伝わる伝統品

 ラムダは手にしたオカリナに口をつけた。

 音が、流れる。

 ジャンは呆然とそれを見ていた。



 ラムダに楽器の趣味特技があるなんて知らなかったし、その腕前はアマチュアのジャンが聞いてもどこか心に響くものがあった。

 ラムダのメロディーは世界を包み込み、この辺一体を不思議な空間に変えていた。





  

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