第6幕
開演ブザーの間際に

ルオネルト

さ、サヴァランくん…最っ高だよ…!!

サヴァラン

いっそ殺せ…

来るべき学園祭当日…死刑宣告とも言うべきルオの

ルオネルト

サヴァランくん!!ウェディングドレス持ってきたよ!!

という一言から幕を開けたそれは、過去最高の盛り上がりをみせていた…解せない…解せないよ!!男のウェディングドレスなんて見て誰が喜ぶんだよせめて女子の!!!なんならベルリーナの純白の花嫁姿を見たかったよ俺は!!!!!!!!Mon dieu!!!!!!!

アマンド

さあ行ってきなさいサヴァラン!!優勝は…グランプリは、貴方のためにあるわ!!

サヴァラン

はぁ…もう…どうしてこんな…

ルオネルト

ここまで来たら腹くくるしかないよ、サヴァランくん。

ルオネルト

大丈夫、君はちゃんと可愛いから!君が可愛いと感じる女の子を、ちょっとの間だけ演じるんだよ!それで全部終わる!!

サヴァラン

可愛いと思う女の子…俺が、リーナを…

アマンド

瞬時にリーナが出てくるあたり、ブレないわね本当に…

ルオネルト

そうそう!行けるよ、サヴァランくんなら!!

あの、可憐で儚い可愛らしさを、俺が…演じる…彼女の、俺にしかわからないあの可愛らしさを…俺が…!!

サヴァラン

………む、無理…そんなの想像したら俺が溶ける…!

ルオネルト

なんか難しそうな顔してるね…

アマンド

多分自分で想像して蕩けてるのね…全くもう…

ルオネルト

うーん…一口に演じるって言うのも難しいんだね…

ルオネルト

じゃあ…変装!!変装はどうかな?サヴァランくん!!

サヴァラン

変装…?

ルオネルト

そう!君はこれから、たくさんの人物を騙さなきゃいけないんだ…それで、たくさんの人のハートを盗む!!

ルオネルト

怪盗みたいに!!

サヴァラン

怪盗…みたいに…?

アマンド

うふふ、ルオってば詩人ね!

ルオネルト

えへへ…昨日、怪盗キャラメリゼの記事をたまたま見かけて…影響されちゃったのかな?

………こんなこと言われたら…本物として、やるしかないよね…!

サヴァラン

……頑張ってみるよ

アマンド

やっとやる気になってくれたのね♪優勝賞品、かなり豪華らしいから頑張って!!

ルオネルト

ふふ、楽しみにしてるよ、サヴァランくん!!

こうなったら、誰もが惚れるような美女になりきって、会場の視線を釘付けにしてやる!!……やけくそ? そんなんじゃない!!これは意地だ…黒星を貰ってしまった怪盗としての意地!!今度はやり遂げてみせる…そして、次へと繋げていーー

~数時間後〜

サヴァラン

むり…はずかしい…

アマンド

サヴァラ~ン!!優勝おめでとう〜!!

ルオネルト

恥ずかしがり屋の内気な美少女…あれは凄かったね…!出来るじゃん!!

サヴァラン

素なんだよなぁ…

サヴァラン

は、はは…Merci…merci…

見事優勝を勝ち取った俺は、何となく腑に落ちないような…これで良かったのだろうかという拭いきれない疑問感というか、なんというか…消化不良な気分になりつつ、ここ数時間のことを振り返っていた。
結論から言うと……

サヴァラン

怪盗やる時は絶対女性に変装しない…!!

と、強く誓えるような有様だった。
登壇するなり静まり返る会場に戸惑い、自信家の美女になりきろうとしていた心はすっかり勢いをなくし…理想とは真逆の『恥ずかしがり屋の内気な少女』になってしまった。後にアマンドに聞いてみたところ

アマンド

息を呑むって、こういうことを言うのよ

と笑顔で返された…まあ、ドン引きされていたわけじゃなくてよかった…

アマンド

賞品のペアチケットは、後日本物が届くそうよ。

アマンド

いいなぁ、あのエーデルワイス号に乗れるなんて…

ルオネルト

ね…!誰を誘うか、もう決めてるの?

サヴァラン

うーん…まだ、特には…そもそも、エーデルワイス号って、そんなに凄いものだったっけ?

アマンド

嘘でしょう…!?

ルオネルト

外国人の僕ですら知ってるのに…サヴァランくん知らないの!?

そんなに有名なものだったっけ…?全然知らなかったな…俺は頬をポリポリとかきながら『お恥ずかしながら…』と苦笑いで答えた。するとアマンドは大きなため息をついて、呆れた顔で説明してくれた。

アマンド

貴方がそういう情報に疎いことは知ってたけど…そこまでだとは思わなかったわ。

アマンド

エーデルワイス号は、3年前に運行開始した寝台列車よ。でも、ただの寝台列車じゃなくて、中はホテルのようになっているの…リゾート列車ってやつね

ルオネルト

EU諸国に張り巡らされた線路を、遅めのスピードで、3日間でまわる旅を楽しめるんだ。リゾート列車っていうだけあって、値段もそこそこ…正直庶民じゃ手が届かないレベルだって聞いたよ

アマンド

そうなのよ!今回、学校も奮発したわよね…

サヴァラン

そ、そうなんだ…そんなすごい場所のチケットなんてよく取れたね…

サヴァラン

でも…そっか……

EU諸国をまわる旅ってことは…これに乗るだけで、ヨーロッパの色んなところを見て回れるってことか……それならやっぱり…

サヴァラン

ルオ、一緒に行く?

ルオネルト

え?僕でいいの!?

アマンド

嘘でしょうサヴァラン!?

サヴァラン

え…だって、ルオは留学生なんだし…こういう大きい思い出の一つや二つ、あった方がいいかなーって…

ルオネルト

まあ、そうだけど…

アマンド

……あっきれた…サヴァラン、あなたってホント、チャンスを逃す能力だけは他より長けてるわよね…

サヴァラン

そこまで言うことないだろう!?

純粋に思い出たくさん作って欲しいからって理由で誘ったのに、どうしてそこまでボロクソに言われなきゃならないのさ!?

アマンド

あなたの気持ちはよく分かるわ。でも、もっと誘うべき人物がいるでしょう?

サヴァラン

誘うべき…人物…?

サヴァラン

………もしかして行きたいの?

アマンド

違うわよ!確かに行きたいけど!!リーナよリーナ!!これでスッキリキッパリ仲直りできるでしょう!?

サヴァラン

り、リーナ!?

サヴァラン

そ、そんな…だって…!リーナは女の子だよ!?高校生で男女一対一の旅行なんて…!そんな…!!

アマンド

そんなお父さんみたいなこと言わないで頂戴…あなたまだ高校生なのよ…?

アマンド

それに、友達と旅行くらい、この年になれば誰でも行くわよ。問題ないわ

サヴァラン

そんなめちゃくちゃな…

正直なところ、OKを貰える気配が全くしない…この数日だって、練習の時以外まともに言葉交わしてないし、今日に至っては姿すら見てないし…!
……いまさら、あの日のことを許してもらえるなんて、思ってないし……。

ルオネルト

それいいかもね!

サヴァラン

ルオ…

ルオネルト

大丈夫だよサヴァランくん!勇気出して!!

ルオネルト

振られたら、サヴァランくん慰安旅行としてついて行ってあげるから!!…なんなら、一晩中飲み明かしちゃう?

アマンド

そういうのは程々にしなさいよ。学生なんだから…

アマンド

ね、サヴァラン。ルオもこう言ってくれてるんだし…ちょっと勇気出してみない?

サヴァラン

…………

正直なところ、仲直りできるならしたいし、彼女と一度…もう一度だけ、ゆっくり話をする機会が得られたら…今度は、ちゃんと話せるかもしれない…チアキにも話せたんだから、ベルリーナにだって…!
ーーちょっと怖いけど……賭けてみても、いいかな…?

サヴァラン

……わかった。言ってみる

アマンド

よく言ったわ!!

ルオネルト

頑張れサヴァランくん!!

アマンド

お土産忘れないでよね!

ルオネルト

あっ、僕も僕も!!

サヴァラン

まだOK貰ってないんだけどな…?

俺を完全に置いて盛り上がる2人に、ちょっとだけ呆れながら…ちょっとだけ、感謝もしたくなった。でもいつ言おう…?やっぱり話しやすいのは舞台袖かな?それとも…

アマンド

まあ、まずは明日の劇ね。最高のものにしましょう!

ルオネルト

そうだね!みんなすごく頑張ってたもん!!客席から応援してるよ♪

サヴァラン

ああ、楽しみにしててよ。最初と全然違うから、みんなビックリするかもねーー

女子生徒C

アマンド!!

アマンド

びっくりした…どうしたの、そんな慌てて…

突然音を立てて教室のドアを開けたのは、劇の脚本を書いた女子生徒だった。その手は、少しだけ震えている…どうしたんだろう?

サヴァラン

大丈夫…?何かあったのかい?

ルオネルト

ただ事じゃなさそうだね…

女子生徒C

さ、サヴァランくん…ルオくんも…そ、それが……

女子生徒C

一番最後…大トリの一番大事なシーンに出る予定だった子が、急に熱出しちゃって…そこだけ、穴が空いちゃったの…!

アマンド

そんな…!?

トリのシーン…物語の主軸である『吸血鬼事件』の最後の一幕になるそこは、マインドコントロールで人の心を操る『カーミラ』の最後の被害者との対決シーンだ。事件を見事に暴き、カーミラも捕縛され、大団円で終わるかと思われた時、カーミラによって操られた最後の刺客がロミオ達に襲いかかる…剣戟シーンで、タイミングや息を合わせるのがかなり大変だった…今から代役を誰かに頼むのは、ちょっと難しいかもしれない…。

女子生徒C

ど、どうしよう…!

アマンド

落ち着いて…大丈夫。なにか手がないか、一緒に考えましょう

女子生徒C

うん…

その後クラス全員で話し合ったが、やっぱり代役を立てるしかないのではないかという話に落ち着いた。やるのなら失敗したくないというのが本音だが…本番まであと僅かな時間で、どれだけそれらしい形に持って行けるか…俺もそこまで剣戟が上手いわけじゃないからなぁ…居残りで練習することになる未来が見え、覚悟しかけた…その時だった。

ベルリーナ

……私に考えがあります

声を上げたのは、ベルリーナだった。
彼女の案は、正直賭けだと思った。物語のエンディングすら変えかねない、大変な賭け…でも…

ベルリーナ

ブリュレさん…あなたは、あなたの自由にやってくだされば結構です。あなたの剣は…私が全て受け止めます。

こんなことを言われてしまったら、乗るしかないじゃないか……

サヴァラン

……わかった。君を信じるよ、リーナ

開演は、もうすぐそこだーー。

第6幕 3ホール目 開演ブザーの間際に

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