第6幕
演じ抜け!
オペラ座のロミオ!!

アマンド

よ~し!でーきたっ!!

サヴァラン

ぷしゅん!!

まさか、2日連続で化粧させられとは思ってなかった…鼻がムズムズする…

サヴァラン

これ…俺、化粧必要だった…?仮面つけたらわからないじゃん…

アマンド

気分よ気分!バッチリかっこいいロミオになったわ♪

紅の付いた指をコットンで拭きながら、アマンドは満足げに俺を見ていた。
黒を基調にした衣装に負けないよう、しかし浮かない程度の絶妙な加減で施されたそれは、素人目から見ても見事な出来だと思った。肌の白さから、ロミオの不摂生さも垣間見えるだろう……まあ、仮面を付けてしまったら意味がなさそうなのだが…

サヴァラン

着替えは大丈夫だから…アマンドも、自分の準備してきたらどうかな?

アマンド

そうね…あの衣装、着るの結構大変だもんね。

アマンド

目は擦っちゃダメだからね!絶対に!!

サヴァラン

分かったよ

教室から、各々用意されたフィッティングスペースに移動する。女子は下手側の控え室、男子は上手側の控え室だ。

男子生徒A

おっ、やっと主役のお出ましだな!

男子生徒B

ひえ〜、イケメンが際立ってますわ〜

サヴァラン

ふふ、どうも♪

男子生徒A

ほい、衣装これな。小道具はそっちに纏めてあるから、着替え終わったら取りに来てくれ

サヴァラン

D'ac、ありがとう

衣装とはいえ、仕事着にそっくりなそれに腕を通すと、ちょっとだけ気がひきしまるような心地がする。

サヴァラン

……怪盗ロミオ、只今参上…なんてね

今回は何を盗むつもりかな?

サヴァラン

っ!?

振り向くと、くすくすと控えめに笑みを零しているルオがいた。いつの間に…というか、今の聞かれてた…!?

ルオネルト

君は本当にお茶目だね…ふふっ…

サヴァラン

ルオ…驚かさないでくれよ…

ルオネルト

ごめんね!だってサヴァランくん、すごく真剣な顔してたから…

サヴァラン

そんなに?

ルオネルト

そんなに!

ルオネルト

大丈夫だよ。練習すっごく頑張ってたじゃん!

サヴァラン

あはは、そうだね…

違うんだよなぁ…言えないけど…

ルオネルト

剣戟だけは、本当に気をつけてね。モロに当たったら、さすがに怪我しちゃうから…

サヴァラン

そうだね…気をつけるよ。Merci、ルオ。

ルオネルト

De rien、サヴァランくん…頑張ってね!

サヴァラン

ああ!

その後、俺はルオを残し、最終調整のためにフィッティングスペースから出た。
最後の剣戟は…彼女が相手だから、心配することは無いだろう。問題なのは、俺の演技力…

サヴァラン

憎しみの感情を、ぶつけるように…

さあ…ショータイムだ

ルオネルト

サヴァランくん……

ルオネルト

君は本当に…

ーー物語は、ある男の悲劇から始まる。
かつて、誰もが聞き惚れる歌声と、
誰もが惹き付けられる美貌を有した
舞台俳優がいた。
その名は、ロミオ=エドワード。
明るくリーダーシップのある彼は、
誰からも好かれる太陽のような人物だった…
  

ーー『だった』…そう。
全ては過去の話なのである。

全ての始まりの日…
ロミオの楽屋に侵入した何者かが、
彼の顔に硫酸をかけるという事件が発生した。
避けるすべもなく、モロに硫酸を浴びたロミオは、
顔に大火傷を負い、右目の視力まで失った。
犯人はその後、ロミオがいたオペラ座から
遠く離れたゴミ集積所で、
変死体となって発見され、
動機などの真相は闇に葬られた。
  

それ以来他人を信用出来なくなったロミオは、
人との交流をできる限り断つようになった。
しかし、舞台が好きだという気持ちだけは
変わらなかったのだろう。
仮面の脚本家として、
ロミオは細々とした生活を送っていた…。

  

そんなある日のこと…
ロミオは自身が脚本を提供した舞台監督に呼ばれ、
とあるオペラ座へやってきた。

ロミオ

どうしてわざわざ呼びつけるかな…他人には会いたくないのに…

急な呼び出しを食らったロミオは、
非常に機嫌が悪かった。
さらに、呼び出しの案件が
『主演女優の魅力を引き出せるよう、
バッドエンドの物語をハッピーエンドに
変えて欲しい』というものだったため、
彼の機嫌は最底辺にまで落ち込んだ。
  

ロミオ

私はハッピーエンドなんて書かない。そんなにご都合主義な結末がお望みなら、他の脚本家に頼んでくれ

口論の末そう言い捨て立ち去ったロミオは、
稽古場の付近で美しい歌声を耳にする。
何故か惹かれるその声の主を見ようと
稽古場を覗くと、そこにはのびのびと歌を歌う
女性の姿があった。彼女の紡ぐその歌の歌詞に、
彼は聞き覚えがあるような気がした。
それがなんだったかを思案していると、
一人の女性に話しかけられる。
  

カルメン

いいでしょう、彼女。今度、あなたの脚本の主演をするのよ

女性の名は、カルメン=キャミル。
今回、ロミオの脚本をこの劇団に
推薦した本人だった。
明るいが落ち着きのある彼女は、
ロミオの俳優時代の恩師であり、
彼が唯一心を許せる人物だ。
歌詞が自分の書いたものであることを
思い出したロミオは、
その姿にどこか違和感を覚えた。
この快活そうな女性には、
自分の書く重たく後ろめたい詩には
合わないのでは無いだろうか…
それなら、あの監督の言葉も
頷けるかもしれない…と。
そこへ、練習をひと段落終えた女優…
ジュリエット=クリストが
2人に気づき話しかけてくる。
  

ジュリエット

カルメンさん!いらしてたんですね!!……と、そちらは…?

見知らぬ仮面の男がロミオだと知るや否や、
ジュリエットは顔をぱっと輝かせ、
戸惑うロミオの手を取り、
自分がロミオの脚本のファンなのだと言うことを
早口に捲し立てた。
彼女にどこか神聖さを見出していたロミオは、
その行為に幻滅し、その手を乱暴に振り払って
オペラ座から出た。
  

ロミオ

もう二度と会うこともないだろう、あんな不快な女…これだから、他人と会うのは嫌だったんだ

しばらくは呼び出されても、
どこへも出向くものかと心に決めていた
ロミオだったが、次の日…
全く同じ場所に、彼はまた
出向くことになったのだった。
  

聞けば昨日、ロミオを呼び出した舞台監督が
何者かによって殺されたらしい。
たまたま部屋から漏れ聞こえた
口論を聞いていた役者により、
ロミオは容疑者の有力候補に
なっていたのだった。
当然ロミオは否定するが、
アリバイのない彼はどんどん
窮地に追いやられていく…

  

ジュリエット

待ってください!

そんな彼を救ったのは、
昨日出会った女性…ジュリエットだった。

ジュリエット

私とロミオ様で、真犯人を見つけてみせます!

彼女の無茶苦茶な宣言に、
しかしロミオは身を委ねるしかなかった。

それから、ロミオの息が詰まるような
日々が始まる。

人と過ごすことが苦で仕方がないロミオは、
ジュリエットと共に行動することが増え、
益々性格がねじ曲がった。
彼女がすること成すこと全てが気に食わず、
なにかヘマをしでかしたり、
意味の無いことをしたりすると罵声をあびせ、
彼自身を気遣う一言には反発するなど、
まるで反抗期の子どものようだった。
  

それでもジュリエットは、
ロミオを見捨てなかった。
彼女には、脚本を通じて、彼の本心が
届いていたのである。
自分が舞台に立てなくなってからの
苦痛、不安、苦悩、焦燥、羨望…
舞台に立つ彼女だからこそ理解出来た
その本心を想うと、どうしても見捨てることが
出来ないのであった。

   

ジュリエット

私を信じて、ロミオ様…私の気持ちは、本物です。

それでもやはり、ロミオはジュリエットに
心を許すことが出来なかった。
しかし、事件調査の合間を縫って
稽古をする彼女を見続けるうち、
彼の中で僅かに変化が起き始める。
  

ロミオ

こんなにまで、今まで演技に打ち込む役者がいただろうか…少なくとも、私は、彼女以上にキャラクターを理解しようとし、脚本に入りこむ役者を見たことがない…

ロミオ

………何なんだ、アイツは…どうしてそこまで…

そしてーー

2人の調査の末、この事件には、
別の事件が絡んでいることが明らかになった。
それが『吸血鬼事件』
…吸血鬼カーミラを名乗る何者かが、
別の人間を誘導し、殺人事件を起こしている
というものだ。
この件には警察も手を焼いており、
犯人は未だ明らかになっていない…
迷宮入りも示唆されている事件だった。
これにより潔白が明らかとなったロミオは、
これ以上の追求は必要ないと判断し、
ジュリエットに別れを告げる。
  

ジュリエット

また会いましょう、ロミオ様

彼女のその言葉に、
ロミオが返すことはなかった。

その、次の日のこと…ロミオの元に、
一通の封書が届く。その中には、
一通の手紙と写真、鍵が入っていた。

ジュリエットは預かった。
次の容疑者にしたくなければ、
X地区の貸倉庫まで来い。
                 カーミラ

あまりにタイムリーすぎる出来事に、
ロミオは一時混乱するが、
すぐさま警察に通報し、
その足は迷いなく貸倉庫に向かっていた。
  

ロミオ

こんなもの…放っておけばいいのに……何故、こんなにもかき立てられる…?どうして私は、焦っている…?

貸倉庫に着くと、そこにはジュリエットと、
彼に馴染みのある人物がいた。

ロミオ

……カルメン、さん…?

カルメンは妖艶な笑みを浮かべ、
仮面の下の、ロミオの瞳を射抜いた…
吸血鬼カーミラの正体は、彼女だったのだ。

カルメン

さあ、ロミオ。取引の時間よ…私の最後のショー…最後の役者…!美しく醜い、あなたの本心を見せてちょうだい!!

その言葉を最後に、
ロミオの意識は闇に呑まれた…。

それから数時間後…駆けつけた警察に、ロミオとジュリエットは保護された。カルメンの姿は…そこにはなかったそうだ。
病院で簡単な検査を受けて開放された2人は、人気のない路地を歩いていた……さて。

サヴァラン

………ここからだね

問題の剣戟のシーン…本来なら、ここでカーミラの『最後の役者』が襲いかかってくるのだが…改変されたあとのシナリオでの、『最後の役者』は…

ジュリエット

……ロミオ様…?

ロミオ

……………

ジュリエット

ひゃっ!?

ロミオ

……………

ーーロミオだ

昨日

ベルリーナ

私に考えがあります

アマンド

リーナ…

アマンド

聞かせてちょうだい

ベルリーナ

はい……最後の剣戟のシーン…私とブリュレさんにやらせてください

サヴァラン

ええ!?

女子生徒C

ま、まってアラモードさん!?それじゃ、主人公とヒロインが戦う構図になっちゃうわ…!そんなの、おかしいよ…!!

ベルリーナ

いいえ。そうでもありません…この物語の最初…ここを少しだけ変えれば、ロミオの恨みの矛先を、ジュリエットに向けることができます。

ベルリーナ

ロミオの顔を焼いたのは、ジュリエットの父親…これでどうでしょう?

女子生徒C

……!

ベルリーナ

この事実を知っているカーミラは、この街最後の事件…ショーに花を持たせるため、自らこの茶番をつくりあげた…

ベルリーナ

つまり、最初に監督を殺したのはカーミラ。2人を共に行動させるキーとなったのも彼女…そして、ロミオの、恨みのトリガーを、最後のあのシーンで引く…そうすれば…

アマンド

ロミオとジュリエットに戦わせる理由になる…

ルオネルト

でも、危険じゃないかな?物語の設定上、ジュリエットは舞台女優だし、そういう技術もあるかもだけど…アラモードさん自身は違うでしょ?怪我なんてしたら…

ベルリーナ

問題ありません…護身術は、一通り心得ているので…

ルオネルト

そ、そうなの…?

アマンド

……そこまで言うなら…任せてみてもいいんじゃないかしら。

アマンド

リーナ、結構強いしね♪

ベルリーナ

アマンドさん…

ルオネルト

でも……どうする、サヴァランくん…?

サヴァラン

……リーナが問題なくても、俺が問題かもしれないんだよな…当てない保証がないし、それに…

ベルリーナ

…….ブリュレさん…あなたは、あなたの自由にやってくだされば結構です。あなたの剣は…私が全て受け止めます。

サヴァラン

……!

サヴァラン

……わかった。君を信じるよ、リーナ

ーーそんな訳で、俺の…ロミオの恨みの矛先は、ジュリエットに移っていたのだ。
一通りの少ないこの路地を帰路に選んだのも…柄にもなく、彼女を送っていくことにしたのも…全て、カーミラの引き金であり、ロミオの策略なのだ。
ここからロミオはジュリエットに刃を向け、ジュリエットはロミオを説得する…ジュリエットが『私にはあなたが理解できない!』と言った瞬間に、ロミオのナイフはその手を離れ…そのまま最後のシーンへ移行する…
さて…気をつけて振り回さなきゃなーー

手伝ってやろうか?

サヴァラン

今の……

ベルリーナ

!!

サヴァラン

……え…?

あれ、俺、今…何を…?

ベルリーナ

ブリュレさん…!?

サヴァラン

…………くせに…

ベルリーナ

……?

サヴァラン

なにも…知らないくせに…!!

ベルリーナ

っ…!!

衝動…?わからない…でも、どうして…?
こんなの、シナリオにはない…いや、そんなものじゃなくて…!!

サヴァラン

身体が……動かない…!!

違う…実際には、体は動いているんだ…でも、そのどれも、自分の意思じゃない…!

こんなに攻撃的なことをするつもりは無かったし、そもそも、ベルリーナに本気で刃をむけるなんて、そんなこと…するわけが無いのに…!
自分の中に黒い感情が渦巻いて、そのまま飲み込まれてしまうような感覚に陥る…一体、何が起きているんだ…!?

ベルリーナ

ロミオ様!!

サヴァラン

どうして君はいつも…

サヴァラン

覚悟もなく僕に近づいて…!

サヴァラン

知ったような口をきいて…!

サヴァラン

絆すようなことを言って…!!

サヴァラン

僕を…惑わせるんだ…!!

サヴァラン

お前は…お前だって、僕を騙そうとしているんだろう!?安心させて…手懐けて…!

サヴァラン

僕の気なんか、何も知らないくせに!!

ベルリーナ

っ………!

これは…ロミオのセリフではない…俺の、彼女…ベルリーナに対しての疑問や不満…今言うことではないし、言っていい場面でもない…俺…本当にどうしちゃったんだ…?このままだと、本当に怪我をさせてしまう…!早く、何とかしなきゃ…!!

ベルリーナ

知らないですよ!!そんなもの!!

ベルリーナが俺の腕を掴み、そのまま力強く引き寄せる…ダメだ…今そんなことをしたら…!!

サヴァラン

ベルリーナ…!危なーー

不意に、柔らかいものが唇に触れた。
それが、彼女の唇であることに、しばらく気づかなかった…待ってよ…そんな、いま、何が、起きて…?

手から、小道具のナイフがずり落ちる…これは、こんなに重たいものだったっけ…?彼女の腕を、切り裂くようなものだったっけ…?

ベルリーナ

……私には、あなたが理解できません…

ベルリーナは、細くて、華奢な腕で…けれども力強く、俺を抱きしめた。雑音のようだった声が消え、世界は、急に静かになった。

ベルリーナ

でも、だからこそ、あなたを理解したいと思いました

ベルリーナ

……初めて、なんですよ。もっと、他人を知りたいと思ったのは…あなたを、もっと知りたいと思ったのは…

ベルリーナ

でも…あなたは自分の言いたいことだけを言って…自分の知りたいことだけを知って…いつも、私は置いてけぼりです…

ベルリーナ

私は、あなたを知らないんじゃない…知れなかったんです!!

サヴァラン

………ベルーー

ベルリーナ

ロミオ様…

サヴァラン

……!

ベルリーナ

話してくれませんか?あなたのこと…あなたの思いを…あなたの考えを…

ベルリーナ

もう、信じて欲しいとはいいません。ただ私は、あなたを理解したい…あなたをもっと知りたい…だから…

ベルリーナ

私に、あなたを教えてください。私は…その全てを受け止めます…必ず、何があっても…

サヴァラン

…………

痺れたように…けれども、徐々に感覚が戻ってきたような体を何とか動かし…俺は、恐る恐るベルリーナの背に手を回した。
……これが演技なのは分かっている。この後何を言われるか怖い。けれども…彼女は、本当に俺の剣を、全て受け止めてくれた…だから…

サヴァラン

……ジュリエット…僕は……君を、信じたい…

ベルリーナ

………ええ、大歓迎です。ロミオさん

ーーベルリーナの機転により、なんとか舞台は守られた。
俺はと言うと、『女の子相手に本気を出しすぎだ』とアマンドからこっぴどく叱られたが、観客にはその迫真さが受けたらしく、そこそこ好評だったらしい。アマンドの説教から開放された時には、ベルリーナはもう舞台裏にはいなかった。

今しかない…今すぐ、彼女と話がしたい…

逸る気持ちを抑えきれず、俺は着替えもせずに屋上へ向かった。

サヴァラン

ベルリーナ!!

屋上の鉄扉を勢いよく開けると…やはり彼女はそこにいた。夕闇に染まり始めた空の色に、風になびく黒髪がとてもよく映えていた。

ベルリーナ

……酷かったです。さっきの演技

サヴァラン

あれは…その……ごめん…

急に自制が効かなくなった…なんて情けないことは言えなかった。恐る恐るベルリーナの顔を伺い見ると、少しだけ笑っているように見えた。

ベルリーナ

この前からそればかりですね…顔を合わせる度に謝られます

サヴァラン

………うん、そうだね…あはは…

苦笑しながら、俺は彼女の隣に移動する…鉄柵の下では、食べ物関係を売っているブースがラストスパートを掛けていた。マルシェに負けないくらいの活気だ。

ベルリーナ

………さすがに、失礼でしたよね

サヴァラン

え…?

ベルリーナ

この前のことです。

ベルリーナ

私、あれから自分なりに考えたんです。家を継がない、という選択をして、決裂してしまったあなたのこと…

サヴァラン

……………

ベルリーナ

…自分に置き換えて考えてみたら…すごく怖かったです。

ベルリーナ

あなたも、怖かったのかなって思ったら…私、本当に失礼な質問をして、心無いことを言ってしまったと思ったんです…

ベルリーナ

………ごめんなさい。もっと、あなたの気持ちを考えるべきでした…

サヴァラン

………

ベルリーナから、こんなことを言われるとは思わなかった…だって、悪いのは逆ギレした俺で、ベルリーナが抱く疑問は、彼女の視点からしたら当然のものだったのだから…こちらが謝ることがあっても、彼女が謝る必要はどこにもない…はず…。

ベルリーナ

……私たち、しばらく距離を置きましょうか。

ベルリーナ

こんなに、一人の人と近づいて、こんなに喧嘩したのも、初めてなんです…私は、あなたに近づいた気になって、全て知った気になっていたんです。

ベルリーナ

だから…それを防ぐため…もう二度と、こんなことが起きないようにーー

サヴァラン

嫌だ

ベルリーナ

……ブリュレさん

サヴァラン

離れたくない

ベルリーナ

………

サヴァラン

……ベルリーナ、確かに、俺は急ぎすぎたのかもしれない。勝手に、君の言葉一つ一つに意味を持たせて…期待して…『もしかしたら』なんて思って…

サヴァラン

…でもね、それも悪くないって思えるんだ。

サヴァラン

今回は、たまたま運悪く、ナーバスな問題とそれがぶつかっちゃっただけ…それに、こういう喧嘩ってさ

サヴァラン

なんだか、友達みたいじゃない?

ベルリーナ

………友達、ですか…

サヴァラン

俺、喧嘩ってあまりしたことないから分からないけど…多分、今回みたいなことなんだと思う。

サヴァラン

やきもきして、なんか嫌な感じだけど…でも、そのおかげで、互いのことを知らないってことがよく分かっただろう?

サヴァラン

それって、2人が近くにいなきゃ、分からないことじゃない?

ベルリーナ

…………

ベルリーナ

……おかしいですね。ブリュレさんがそんなことを言うなんて…

サヴァラン

ちょっと前まで、一足飛びで君と恋人になろうとしていた俺にしては、成長じゃない?

ベルリーナ

……そうですね

サヴァラン

だから、俺は君と離れたくない…君と、友達でいたい。

サヴァラン

……だめ…かな…?

ベルリーナ

……ダメじゃないです

ベルリーナ

そうですね…友達…ですか…

ベルリーナ

いいと思いますよ、それ。友達でいましょう…サヴァランさん

沈みかけた夕日に照らされた彼女の顔は、どこか物憂げに見えた。けれども、今まで俺に見せてくれなかったような、優しい笑みを浮かべていた。
こんなに簡単な事だったんだ…彼女のそばに居ることは…友達として、そばに居ることは…。

サヴァラン

あっ…そうだ…

俺はふと、エーデルワイス号のことを思い出し、ベルリーナを友達として誘った。
……この流れなら、きっと承諾してくれると思っていた。
……しかし…

ベルリーナ

………すみません

たった一言で断られてしまった。
……そう、俺はこの時、完全に忘れていたのだ…。

ベルリーナ

そのチケット…同じものをもう持っているんです…

彼女が、大財閥の令嬢である。という事実を…。

サヴァラン

………ルオ誘お…

断られた時、密かに流そうと思っていた涙は、どこかへと消えていってしまったーー。

…………ダメだったか……

……器の成熟には、どうしてもあの女が邪魔だ…早々に手を下さねば…

第6幕
『友達』
La fin

『怪盗クラバットの忘れ物』

第6幕 4ホール目 演じ抜け!オペラ座のロミオ!!

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