【2037年? 春。ブラックダド】
【2037年? 春。ブラックダド】
導きの園に辿り着いた私は、家族と別れ建物の影へ身を潜めた。やがて家族が園の連中と交戦する。それまで5分、いやそれ以下かもしれない。
――視界の先で激しい爆風が起こった。想定より遥かに早い。
準備はいいかい、王留(おうる)。
【イエス。任セテ】
私が契約した神器の精霊『皇器(こうき)王留(おうる)』で、全ての時間を支配、固定する。彼の力でどれだけ時間を止めていられるか、多分に賭けの要素を含む。
レディ、
私の呟きに煌きで以って王留(おうる)は応えた。
【GO!】
入口を囲う庭園を奔る。桜の若葉が宙で止まっている。星明かりのもと、虫をついばむ雀を前に、園の大地を駆け抜ける。木々の梢の下を走り、雛菊の花壇を飛び越え、園の入口先へ、
……踊り場を抜けた時、空気は熱を伴い動いた。
体内時計で10秒。――私は1つ目の賭けに勝利した。
時間の概念が無いこの園内では自身の脈が唯一の時計となる。監視装置から外れた場で鏡のように磨かれたパネルを前にした。無線で家族へ命令を下す。
30秒なんとしても生き残ってくれ。その後『フリーシーシステム』を展開、後に待機。
『了解!』
フリーシーシステム。それは家族『レッド・ボーイ』が『真紅の狩人』と交戦した時に入手した『紅狗フリーシーが時を止める際に出す影響波を模したもの』だ。私はこれにちょっとした仕事をしてもらう。
通信の電源を落とす。後30秒でけりをつけなければならない。
目の前に映し出された己の容姿を確認する。磨かれたパネルは知らない『誰か』を映している。
暗い館内へ歩を進め、目的である一室のセキュリティに手のひらを掲げる。本人認証端末に己の瞳を映しこむ。
『網膜、指紋情報を【ルーク・バンデット本人】と確認しました。どうぞ』
開け放った扉から生活臭が吐き出される。目的たる室内へ私は慎重に、かつ大胆に歩を進めた。
一歩、入り口から更に一歩、隅に在る木製のベッドへと近づく。ベッドには深い眠りについた?初老の男が居た。
それに近づく己の姿も『全てが同じ』だ。
深く眠る『ルーク』と同じ顔で私はその袂(たもと)に立った。
懐から小ビンを取り出しその中身を細い針へと吸い込ませる。
……
……すまない、ね。
深く眠る『ルーク』の腕を取り、その血流に注ぎ込む。
――不自然な躍動で『ルーク』の身体が強張る。その後、激しい痙攣を経て彼は果てた。
部屋に設置された秒針が『ルーク』の最期を静かにカウントしている。
――数刻前『ガール』と並んで私は支配した海辺に立っていた。
ダド。また空なんか見てるの? ダドってそんなに夕焼けとか好きだったわけ?
『ガール』の言葉に笑って応える。
彼女の肩へそっと手を置き、情けなくも覇気の無い表情を浮かべてしまった。
思い出していたのはかつての時間だった。
母に買ってもらった値引きされた玩具だった。
兄と争い奪いあった夕食の残りだった。
あの日家族と並んで見た、黄昏の陽に落ちて行く崩れるよう赤だった。
【2021年、夏。シュークレン・バッハ】
『ブラック・ダド』と呼ばれる私の少年時代はお世辞にも豊かなものとはいえなかった。
母が稼いできたお金で買ったラジコンカーを兄弟で譲り合った。……父というものは私の記憶に無い。
私は生きる為に、生活を少しでも豊かにする為に、高い学歴を求めた。
日が瞬いている間に働き本を片手に学び、夜は強張った腕を持ち上げまた働いた。
私の記憶には文字の羅列と呆れる程流した汗の感覚だけが刻まれている。
そして、……母の、兄の、妹の貧しいながらも幸せな笑顔が残っている。
そんな私は国の援助で大学へ、数年後、恩師の薦めで孤島の管理を任される事になった。
私は、父親という存在に物心ついた頃から憧れていた。私はその孤島で恋に落ち、1人の娘を授かった。
『シュークレン・バッハ』それが私の父親としての名だった。
私は父として、妻『沙羅・バッハ』と共に子『マァサ・バッハ』を育てた。
竿を片手に叫んだ。
大物だよ! 沙羅! マァサ!
大地を耕し笑った。
いい出来だね、今日は野菜サラダでいいかな! どうだい!
苦笑する妻と、乳を求める娘が私を観ていた。
それはたった3人の大きな世界だった。私が望んだ『父の幸せ』だった。
――しかし神は私が幸せになることを許さなかった。
本土に残した母達家族は隣人の手によってこの世を去った。土地の権利が原因だったらしい。
――妻と愛娘は、私の誕生日を祝うために出掛けた際、孤島から離れた海で消息を絶った。それは国家が隠匿するほどの異常気象による為と云われていた。
当時の私には詳細を知る術が無かった。全て、故郷たる本土の政治家によってもみ消されていた。そしてそれが本土による政治的な策略、隣国の要人、その暗殺が目的で起こった事だと知ったのはその数年後の事だった。
――私は本土と海洋利権を巡って争い、孤島に住む人々の生活を賭け戦った。3人の子供達を養子にしたのはその頃だった。
それは全て海辺で拾われたという身元不明の子供たちだった。
長い髪が印象的だった黒髪の女の子と、
痩せっぽちで生意気、それでも生きることに必死だった赤髪の男の子、
最後、あの子に良く似た栗色の髪、円らな瞳の女の子を私は家族に加えた。
沈む夕陽を眺め、私は栗色の髪の少女へ話しかけた。
私は本当の父ではないけれど、ガール(キミ)、私のことを『ダド』と呼んではくれないかい?
栗色の髪の少女は首を傾げていた。不思議そうに瞳を瞬かせた。
『ガール』? それって、あたしの名前?
『キミ』と云う意味で使った単語を、彼女は自身の新しい名前だと喜んでいた。
脇で見守る赤髪の男の子が、
なら俺は『ボーイ』?
と、首を傾げつつも私へ問いかける。
少女と少年の横で、最後に残った黒髪の少女が悩んでいた。
わ、私は、……、
亡き妻に似た黒髪の少女へ私は半ば冗談でこう話しかけた。
なら、君は『マム』! なんてどうだい。……やはりおかしいかな?
笑う私を前に、黒髪の少女は身を縮こませ頬を染めた。
――その日、私に新しい家族が出来た。血は繋がっていないけれど守るべきものが出来た。気が狂いそうなほど嬉しかった! 全てが満たされた想いがした。
その時私達4人の前へ、大地を震わせやって来たものが自らを『王留』と名乗る獅子、一振りの刃へ姿を変える、意思持つ力だった。
それから私は新しい家族の為にどんなことでも行った。家族を守る為に、自身の故郷たる本土を貧しい民を味方につけて奪い取った。守るために奪った。
もう二度と失いたく無かった。
他人は信じなかった。ことごとく利用した。新しい家族の才で多額の財と、新しい国が産まれていった。
新しい国でも私は『ダド』と名乗った。そして国民を自分の家族と位置づけた。
幾多の国を奪い幾万の人を騙した。奪い取った国で、そこに住む多くの家族を前にした。新しい家族、彼らの死も幾度と目にした。彼らの為に色々なものを殺めた。ただ彼らには幸せになって貰いたい。それだけだった。
しかし誰も、私を『父』とは呼ばない。私へ微笑みかけることは無かった。
それでも私は家族の為に、大きな家(ホーム)を守る為に、隣人を貶め続けた。
【2037年、春。ブラック・ダド】
――今の私に名前は無い。『ダド』という呼称だけが残った。
3人の家族と出会って数年、家族の総数は66億にまで膨れ上がっている。
私は赤い海を見下ろし語りかけた。
今は居ない我が子、彼女ではないけれど、それでも何も持たない私の前であの日娘になってくれた少女へ私は願った。
……こんな父で良かったのかな? 私はキミ達を幸せに出来たのだろうか……、
落ち往く日を見下ろし娘が答えた。
い~んじゃない? ど~でも。少なくともガールはね、毎日が、ダドと一緒の毎日が、……楽しいよ。
暗闇に包まれた部屋で数刻前に見た娘を想った。
もうすぐ全ては、全ての世界は己の『家族』と替わる。私がたった1人の、……『父親』と成れるのだ。
脈で時間を計り、刻限、私は手の中のスイッチを押しつぶした。フリーシーシステムの展開に合わせ、送り込んだ家族へしかけた爆薬を起動させる。
『ルーク』の屍を隠し、私は事の経過を『自室』で待った。
ルーク! こんなところに!
……園の人間が駆け込んでくる。
目の前の男の情報を整理する。
『マイク・ミーシャ』35歳。ルークのもっとも信頼する男。親族は無い。
『ホーム・ホルダー』が仕掛けてきた。しかし、だ。交戦中、彼女、彼女が来てくれたんだよ!
『マイク・ミーシャ』は興奮を露に、フリーシーの力を感知したことを私に告げた。
全滅した奴らの中に将の1人、2034年における『レッド・ボーイ』の片腕を発見した。フリーシーの剣、『ゲイボルグ』の痕も確認できた。間違いない!
『マイク』は、
これで『ホーム・ホルダー』も終わりだ!
付け入る口実が出来た!
と、私の腕を取り矢継ぎ早に捲くし立てる。
これで、あの時代も平穏なモノへと変わる!
……。
『ルーク』と成った私を前に、嬉しそうに瞳を閉じる。私も心からの笑顔を見せた。
小さな生餌と大きな疑似餌、喰らい付く可能性として『大物』ならどちらに喰らい付くか?
結果として、私は釣り上げた。判断すべきはそれだけだ。
……♪
……。
闇夜の一室でマイクと2人、私は喜び笑いあった。お互いの肩を叩き心から。