【2030年、春。ごみ】

 ボクは、作業服姿の女神様に抱かれて荒野を進んだ。この遥か先に女神様達の世界が、貧しいけれど温かな街が在ると云う。

ごみ

ボクは何処に行くんでしゅか? どうなるんでしゅか?


なゆた

キミはね、私達のお家へ行くの。一緒に暮らすんだよ。そしてね……、


 女神様は笑みを見せる。世界に傾く紅い陽は女神様の姿を一心に照らしていた。

なゆた

私達の家族になるの!



 力を込めて目を開く。胸が痛くて、それが嬉しくて、だからやっぱり目を大きく広げた。そして思い出した! 破れたズボンをまさぐり探した。

なゆた

ど、どしたの?



 そしてこの指が見つけた。この時の為に守ったもの、自分が持つ最後の希望を。両腕で彼女へ差し出した。

ごみ

こ、こぇ、貴女に、貴女に……っ!



 夢中でソレを近づける。

 女神様の鼻がひくひくと揺れる。その飛んでしまった風味を、かつて在ったはずの香ばしさを確かめるように。
 そしてボクを見つめ再び笑った。

なゆた

今日はカレーだね。よぉ~し、なゆちゃん張り切って作るからね!



 目の前が霞んだ。目の中が止めどない雫で溢れた。ボクの夢がこのヒトの前で輝いている。叶おうとしていた。

 そして『ごみ』と呼ばれたボクへ女神様は名前をくれた。この肩を抱き、髪を梳いて遙か遠い光を示す。ボクの目を覗いてこう言った。

なゆた

キミの名前、真紅(まあか)っていうのはどうかなぁ?
 真っ赤な太陽みたいに輝け、ってそんな名前。
 そして今日からキミは私の娘さんになるの。……なゆちゃんの家族になるの。



 ボクは頬を擦り、しゃくり上げながらも、そのとき、生まれて初めて――笑ったんだと思う。
 自分を指差して聞いた。

真紅

まぁか?



『なゆた』さんが頷く。

真紅

な、なぅた?



 ボクは『なゆた』さんを指差した。……『なゆた』さんが頷く。

真紅

ま、……マァマ?



 彼女、『なゆた』マァマは3度の頷きで応えた。
 心が壊れそうだった。そのときのボクは狂ってしまったのかもしれない。何も、何も分からなかった。

真紅

マァマぁぁぁぁぁあ!



 ボクはマァマの胸に顔を埋めた。指に茶のカケラを強く、砕けるくらい強く握り締めて。

【2015年、春。柊モカ】

 それからマァマが『ホーム・ホルダー』に殺されたこと、真紅(まあか)、つまりボクがマァマを救う為、導きの園の助けで過去のこの世界へやって来たこと、みんなみんな『いっか』へ話した。
 眼を伏せ終始彼は口を閉ざしていた。
 そして、全てを聞き終えた彼は簡潔にこう言った。

壱貫

……すごい、魔法だな。



 全てを拒絶されたような想いだった。彼にだけは信じて貰いたかった。胸が押しつぶされそうだった。

『いっか』は腰を下ろしボクの目を真直ぐに視ていた。

壱貫

お前だけがつかえる魔法だ。お前が『なゆた』の娘だから使える、……そういうすごい魔法なのだろ。

モカ

……。



 顔が恐ろしく熱くて、ボクはその場から逃げだした。いっかが背後で高らかに笑う。

壱貫

安心しろ! ちび。


 何を言うのか? と振り向くと『いっか』が腕を高く振り上げた。

壱貫

なゆたもお前も、俺が守ってやる!


 ボクは逃げ出した。振り返ったら、きっと抱きついてしまうと思って。

 背後の彼は大きな声で、こう続けた。

壱貫

必ず、だ!

 見なくても解る。彼は歯を晒し世界を笑っている。誰にも負けぬ、揺るがない笑みで。
 ボクの好きな『桜壱貫』というヒトはそういう男だった。

【第19話】真紅(まあか)。

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