Wild Worldシリーズ
Wild Worldシリーズ
レダ暦6年
星に願いを
9
男の子だった。
フラウはベッドに横たわったまま、赤ちゃんを抱き上げるケルトを見つめ幸せそうな表情を浮かべていた。
ねぇ、名前決めたの?
今日は助産院から帰宅できる日だ。
迎えに来たアーチェは、身支度を手伝いながら、問いかけた。
この子が自分の家に来ることも嬉しい。
フラウたちのために少しでも何か出来ることが、とても幸せだ。
アーチェもにこにこと笑っている。
ケルトの名前を捩って、“アルト”にしようと思っているの
可愛いでしょ
えぇ。とっても
こんなに幸せに満ちた空間。
世界のどこかで戦争が起きているなんて、とても信じられない。
アーちゃん、ちょっといいかい?
助産婦のおばあちゃんに呼ばれ、アーチェは快く向かった。
ちょっと待っててね
この後に、何が起こるとも知らず。
どうしたの? おばあちゃん
見て、これ、赤ちゃんの服を作ってみたんだよ
うわぁ、かわいい
おばあちゃんが見せてくれたレモンイエローのタオル地で作られたそれは、ふわふわでとても可愛いらしかった。
生まれたてのアルトにとても似合うだろう。
おばあちゃんの手作り?
そうだよ。これからいろいろと入用だろう?
まだまだあるからね。たんと持ってお行き
おばあちゃんは、どこからかたくさんのタオルや服や靴下やこまごまとしたものを取り出して広げてくれた。
小さい子の成長は早いので、まだ使える古着なんかを譲り受けているのだ。
動けないフラウの変わりに、アーチェがあれやこれやと目移りしている。
好きなだけどうぞ
うん。ありがとう
アーチェのいない部屋では、フラウとケルトが穏やかに談笑していた。
笑みの絶えない、幸せな空間。
しばらくはアーチェの家で世話になって、そのあとミカエルの丘に帰れるかな
そうね
ひたすら暖かさに満ちている。
フラウもケルトも、幸せだけをかみ締めていた。
これから、いろいろと入用になる。
戻った後でも、城下町に買出しに出る機会は増えるだろう。
目先のことを考えると少し鬱になったりもするが、それさえも受け入れて、アルトを育て上げる決意がケルトにはあった。
そして……
ほんの、ほんの一瞬だった。
この暖かな場に、凍りつくような細い風を感じた。
思わず視線を動かすと、さっきまでなかった黒い塊がすぐそこに見えた。
フラウだな?
……え?
ふたりが反応するより早く、赤いものが飛んだ。
っ!
それはフラウの血で、ケルトは絶句した。
何が起きたのか、全く理解できなかった。
目撃者か……
低い呟きと同時に、細い線のようなものが煌き、それを最後にケルトもその場に沈んだ。
それはほんの一瞬のことで、すぐに元の空気に戻った。
暖かさと、慈愛に満ちた空間。
しかし、赤ん坊だけが取り残され、赤で染まった部屋は見るも無残だった。
徐々に、この部屋も冷たくなっていった。