コンビニエンス


































































正座させられた太郎

キャシー

まず、そこのアナタ。

キャシー

この仕事をしている位なのだから、
コンビニエンスってどういう意味かは分かってるわよね?





レジカウンターに腰掛け、


足を組んだキャシーは


床上の太郎に問いかけた。


太郎

コンビニですよね?





正座させられた太郎が


臆面もなく答えると、


キャシーの内眉が釣り上がる。



キャシー

ハンッ!




見下ろすキャシーに


再び鼻で笑われる太郎。


心なしか先程よりもキャシーの鼻息が荒い。


キャシー

アナタ、どれだけ無能なの?

店長《キャップ》

やめたまえ、花子くん。
それ以上は彼には酷だ!

太郎に辛辣な言葉を投げかける花……キャシー。



そこへ割って入る店長。


店長《キャップ》




キャシーのキャット・オ・ナインテイルが


反射的にその横っ面を襲うも、


店長はそれを意に介さない。




いや、むしろ嬉しそうだ。




店長《キャップ》

彼は確かに無能だ。

店長《キャップ》

だが彼は、この店を起動停止できる、唯一無二の無能なんだ。

太郎

店長、それ僕のフォローのつもり?

太郎

てか、起動停止ってなんだ?

キャシー

はぁ……。

キャシー

仕方ないわね。
店長《キャップ》に免じて、
あなたの愛称は無能太郎で許してあげる。

キャシー

んふふ♪

キャシーは諦めたようにため息をつくと、


太郎にそう言い放ち


満足げな顔に変わった。

店長《キャップ》

良かったな、無能太郎。


しゃがみこんだ店長は


太郎の肩に手を置いて言った。




華奢な太郎の肩に


屈強な店長の手が重くのしかかる。



太郎

何がどういいんですかね、これ。



事の重大さを理解していない太郎に


店長は眉をひそめ耳打ちをする。


店長《キャップ》

いいか?
彼女は目につく者全てにあだ名を付ける、根っからのアダナーだ。

もし彼女にあだ名を任せようものなら、本来なら寿限無を遥かに凌ぐ長さになるのだ。

太郎

はぁ。
アダナーですか。

店長《キャップ》

それがタダの無能太郎で
済んだんだぞ?
これが喜ばずにいられるか?




店長の興奮した口調に、


給与改定を控えた太郎は


納得せずにはいられなかった。


太郎

それは……、
なんだかラッキーな気がしてきました!




聞き耳を立てていたキャシーが


レジカウンターをスラッピングして


下僕の気を引く。


キャシー

……続けるわよ、
タダの無能太郎!

太郎

ーー気に入ったんだな。
店長の一言が。

キャシー

いい?
耳の穴を楊枝の突端で
かっぽじって聞きなさい。

太郎

……。



要所要所に組み込まれる謎のサディズムに


太郎は戦慄しながら耳を傾ける。

キャシー

コンビニエンス……。
それは全人類が心奥に持つ
究極の欲望よ。



行間を読めと言わんばかりのキャシーに、


店長が補足する。


店長《キャップ》

便利、ってことさ、タダの無能君。

太郎

店長。
今、大事なところ端折りませんでした?

でも、宇宙になんか行ったら全然便利じゃないですよね?


そう言った直後、


太郎は突然閃いた。

太郎

あ、わかった!
宇宙人に便利を提供しに行くんですね!



鬼の首を取ったかのように、


自慢げに答える太郎。





しかし、それは泡沫の夢に過ぎなかった。

キャシー

凡ッッ!

太郎

なんか爆発音が聞こえたような。

キャシー

アナタ、そんな事でコンビニ界の星となれると思っているの?



太郎に哀れみの目を向けるキャシー。


太郎

引力に負けた流れ星になら
なれそうです。

店長《キャップ》

ーー光ある所に影あり。
ーー影ある所に光あり。



と、太郎の背後で店長が突如として口を開く。

店長《キャップ》

いいか、無能くん。
不便の中にこそ、
真の便利があるのだ!

太郎

もう僕の名前が
普通に無能になってますよね。




するとキャシーは


何かを諦めたように横から言った。


キャシー

わかったわ。
そこまで無能じゃないと言うなら聞くわ。

太郎

別に反論したわけじゃ
ないんですけどね。
いや、
認めたわけでもないですけど。




しかし、キャシーの耳に


太郎の弁解は一切届かない。



キャシー

タダの悪魔的平凡無能は、
ご自宅のトイレが
便利だと思うのかしら?




太郎は名前の修飾語の増加など


気にもとめずに答える。


太郎

うーん、便利とか考えたことないです。

太郎

あ!でも、お店のほうがウォシュレットがあって便利で……。

キャシー

プフーッ…。




するとキャシーは


太郎の回答を待たずに吹き出した。


太郎

キャシーさん、
嘲笑のバリエーション豊富ですね。

キャシー

タダの悪平凡能は
自宅のトイレがない事を
想像できないようね。





キャシーは太郎に背を向けると、


ゆっくりと語り始めた。













キャシー

たとえ話よ。
もしアナタの家に
トイレがなかったとしましょう。

キャシー

今日は給料日。
夜ご飯は奮発して
焼き肉の食べ放題。
アナタはたらふく食べて
家に帰ってきました。

キャシー

はい、どんな気持ち?

太郎

……。

店長《キャップ》

しあわせ。




いつの間にか太郎の背後に回り込んだ店長が


ぼそりと言った。







キャシーはクルリと振り返り、


太郎に指を突きつける。

キャシー

ところがです。

キャシー

その時、突然お腹を下します。
生焼けの豚肉がもたらした超特急です。

キャシー

しかし、最寄りのトイレは
1km先の公園にしかありません!

キャシー

はい!







緊迫した口調に店長がぼそりと耳打ちする。



太郎

……。

店長《キャップ》

つらい……。













キャシー

ではもし、
家にトイレがあったら
どうですかぁ!?

太郎

……。

店長《キャップ》

べんり!!



色めき立った店長の声が



小芝居を締めくくる。
















キャシー

どう?
さっきまで便利さを感じていなかった自宅のトイレが、便利になった瞬間に立ち会った感想は。

太郎

なんか、感情を捏造された気がしました。

店長《キャップ》

つまりだ。






呆れる太郎をよそに、店長が切り出す。




店長《キャップ》

我々は
顧客の便利への渇望を
生み出すために、
宇宙へと飛び出す事で、
客どもの究極の不便を
追求する事にしたのだ!

太郎

……。

キャシー

スッ……。

太郎

な……

太郎

なんだってェーーー!?





太郎は自らの無感情に逆らって


驚いたように叫んだ。








そう言わなければいけない気がしたのだ。


















嗚呼、コンビニよ。


ヘボ役者を乗せてどこへ往く。





何人も知らぬその行き先は


和式トイレか、ウォシュレットか。

















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